定性評価を「使える道具」にするために ― 実務に役立つ翻訳の手順

前稿では、定性評価の重要性や「非合理な力」をどう見るかについて述べました。
しかし「抽象的すぎる」「実務でどう使えばいいのか」と思われた方もいるかもしれません。
そこで本稿では、金融機関・支援機関・専門家、そして中小企業の皆様が、実際の評価書作成および見方、様々な経営支援の現場で活用できるよう、非合理を合理に翻訳する手順を具体的にご紹介します。

目次

定性評価を役立てるための3つの視点

非合理な力をどう発見するか

企業の現場には、数字だけでは測りきれない「熱」や「工夫」が存在します。

  • 経営者の諦めない姿勢
  • 熟練社員の暗黙知
  • 新人の柔軟なアイデア
  • 地域社会とのつながり など

これらは売上や利益の数字にはすぐに現れないため、軽視されがちです。しかし、実際には企業の競争力を下支えする大きな要因です。
診断士や金融機関職員は、ヒアリングや現場観察を通じて、こうした「一見非合理な力」を丁寧に拾い出す必要があります。

合理的な言葉にどう翻訳するか

「社員がやる気にあふれている」といった定性表現は、読んだ側にとっては単なる印象論に過ぎません。
そこで重要になるのが翻訳です。

  • 「社員がやる気にあふれている」
     → 「過去3年間の離職率が業界平均の半分以下」
     → 「現場の改善提案件数が前年比120%で増加」

このように、主観的な観察や感覚を、客観的なデータや行動に置き換えることで、評価に説得力が生まれます。
翻訳とは、現場で感じ取った非合理的な力を、金融機関や外部関係者に伝わる形へ変換する作業なのです。

数値とどう補完し合うか

数字だけでは会社の未来は語れません。しかし、数字抜きでは説得力がありません。
定性と定量は車の両輪であり、組み合わせることで初めて企業の真の姿が浮かび上がります。

  • 定性:未来の芽を示す(情熱・姿勢・文化)
  • 定量:過去と現在の結果を示す(売上・利益・シェア)

例えば「技術者が誇りを持っている」という定性情報だけでは不十分です。
そこに「不良率1%未満を3年間維持」という定量を添えれば、金融機関も納得しやすくなります。

翻訳の具体例

技術力
 定性:「高度な加工技術を持つ」
 翻訳:「独自治具を開発し、不良率を5%→1%未満に低減。主要取引先から認定」

人材
 定性:「社員の士気が高い」
 翻訳:「離職率が業界平均の半分以下、技能伝承も継続、新人も1年で戦力化」

組織文化
 定性:「改善意識がある」
 翻訳:「改善提案件数が前年比120%増、70%が採用され生産性向上に寄与」

このように翻訳することで、「数字の裏にある力」を理解しやすくなりますし、経営者自身も「自社の強みを合理的に把握できる」効果が生まれます。

「まだ数字に出ていないが、いずれ成果に結び付く」事例集と対応質問リスト

<参考>事例と質問リスト

人材・組織

  • 事例:「入社3年未満の社員が毎月改善提案」→ 今は売上に直結していないが、将来の生産性向上に結び付く
  • 事例:「女性社員の管理職登用」→ 収益には影響しないが、多様性が人材定着率を高める

質問
□ 若手社員の提案は出ていますか?
□ 離職率や人材定着の状況は?
□ 多様な人材の登用は進んでいますか?


技術・製品

  • 事例:「新しい溶接工法を特許出願中」→ 特許認定後は独自優位性を確立できる
  • 事例:「展示会で大手小売から高評価」→ 将来の売上増につながる可能性が高い

質問
 □ 特許出願や技術認定の準備はありますか?
 □ 展示会での評価や取引先からの反応は?


市場・顧客

  • 事例:「大手メーカーと試験導入を開始」→ 本契約は未確定だが、成功すれば長期安定取引先の獲得につながる。
  • 事例:「東南アジア展示会で20件の商談依頼」→ 輸出売上はまだゼロだが、新市場開拓の芽として有望。

質問
 □ 新規顧客との試験契約は進んでいますか?
 □ 海外からの引き合いや問い合わせは増えていますか?


経営姿勢・文化

  • 事例:「生産管理システムを導入しデータ収集を開始」→ 数値改善はこれからだが、在庫削減やリードタイム短縮に直結する。
  • 事例:「地元高校とのインターン受け入れ」→ 今の利益には現れないが、採用基盤強化や地域ブランド向上につながる。

質問
 □ DXやシステム導入の準備状況は?
 □ 地域社会との連携や人材育成の取り組みは?


横断的質問
 □ 今はまだ数字に出ていないが、「将来必ず成果になる」と信じている取り組みはありますか?
 □ 「この強みが将来の競争力になる」と思うものは何ですか?
 □ 社員や現場から「これは誇れる」とよく言われることはありますか?
 □ 今後3~5年で数字に表れると考えている成果は何ですか?


リスト利用の注意点

上記質問リストはほんの一部を示したものです。質問リストを事前に準備することは非常に有効ですが、同時にいくつかの危険性も伴います。

  • 形骸化のリスク:質問に沿うだけでは「作業」となり、本音が出にくい
  • 誘導リスク:聞き方次第で回答が実態以上に良く見える
  • 思考停止リスク:チェックしただけで満足せず、必ず「なぜ?」と掘り下げる

リストは「入口」にすぎません。そこから深掘りして初めて評価情報になります。

実務で使える定性表現に対するチェックリスト

<参考>定性評価チェックリスト

  • 表現の妥当性
    □ 「雰囲気がいい」「社員が頑張っている」など曖昧な言葉にとどまっていないか?
    □ 読み手が「具体的にどういう状況なのか」をイメージできる表現になっているか?
  • 客観的裏付け
    □ 定性情報を裏付けるデータ(数値、指標、第三者評価、事例)が添えられているか?
    □ 過去の実績や具体的な行動履歴を示しているか?
    □ 「一時的な印象」ではなく「持続的な傾向」であることを説明できているか?
  • 因果関係の明確化
    □ その非合理な要素が「どのように成果や競争力につながるか」を説明しているか?
    □ 「情熱 → 離職率低下 → 技術力の蓄積」など、論理の流れが明示されているか?
    □ 読み手が「なるほど、だから競争力があるのか」と納得できる構造になっているか?
  • 読み手への伝わりやすさ
    □ 専門用語に偏らず、金融機関や第三者でも理解できる言葉で表現しているか?
    □ 数字と文章のバランスが取れているか?
    □ グラフや表で補足できる部分は可視化しているか?
  • 定量との補完関係
    □ 数字に現れていない強みを、将来の数値成果と結び付けているか?
    □ 定性評価と定量評価が矛盾していないか?
    □ 「まだ数字に出ていないが、いずれ成果に結び付く」ことを合理的に示せているか?
  • 実務的な活用可能性
    □ 融資判断や経営改善の材料として、読み手が「アクションを取れる情報」になっているか?
    □ 経営者自身が自社の強みを再認識し、行動につなげられる内容になっているか?
    □ 読み手が「参考にはなるが動けない」と感じる自己満足的な文章になっていないか?

4. 定性評価の活用で実現できる未来

  • 金融機関にとって
     数字だけでは判断できない「未来の伸びしろ」を把握でき、融資判断の質が高まる。
  • 支援機関にとって
     支援先の潜在力を理解することで、的確な施策提案やマッチングにつながる。
  • 企業経営者にとって
     自社の強みを「合理的な言葉」で知ることができ、経営戦略や従業員教育に活用できる。

定性評価を実務に落とし込むことは、単なる評価作業ではなく、企業と金融機関・支援機関の信頼関係を深めるプロセスでもあります。

定性評価は「非合理を合理に翻訳する」営みです。
翻訳には訓練と工夫が要りますが、事例・質問リスト・チェックリストを増やしていけば、確実に「使える道具」にできます。※くどいようですが、個人の思いや情熱はリスト化できません。リストはあくまでも入口です。

ぜひ皆様の現場で、この翻訳作業を実践していただきたいと思います。膨大な数のトライ&エラーによって精度は上がっていきます。ただし、我々支援サイドにいる者は実際の企業を相手にエラーを出すことが許されません。そのため、日頃の思考のトレーニングを続けていくことで、能力を留めるだけではなく、漸進的でも良いので発展させていく必要があります。

自分なりの質問リストを作成してみて、そのリスト自体を見せ合って評価し合うなど、訓練を続けていく心構えを持ちたいです。その一助に本記事が役立てば何よりです。

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この記事を書いた人

この度「事業性評価ツールマガジン」に参加させていただきます、
上田マネジメントオフィス 代表中小企業診断士 上田育功(ウエダヤスノリ)と申します。

事業性評価に携わった件数は中小企業診断士の中では多い方ではないかと思います。
しかし、ツールと呼ばれるものに懐疑的な思いを持っております。
ツールは言わば「枠組み」であり、企業を「型にはめる」ものです。
ツールを使うと楽ではありますが、多様な価値観や思いのような形而上的な領域を網羅することができません。
いつも、もっと企業・経営者ごとの特性を反映できないかと苦慮していました。
このような点でツールに否定的な声も多く耳に入ってきます。

今回の「事業性評価ツールマガジン」では多くの支援者が抱えるツールに対する不満足に応え、より良いツールの構築に努めると聞き、参画させていただくことを決めました。
皆さまどうぞよろしくお願い申し上げます。

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