「事業性評価ツールマガジン」に参画させていただくことになりました、上田 育功(ウエダ ヤスノリ)です。
このマガジンで「事業性評価」について、皆様に役立つ情報をお届けしてまいります。事業性評価は「大切だけど難しい」ことは皆さますでにご存じの通りであると思います。そこで、効果的かつ誰でもできる事業性評価ツールの開発を進めていきたいと考えています。
事業性評価をする時にネックとなってしまう点をどのように考えるべきか、そもそもなぜ事業性評価が必要なのかなど、事業性評価に関する様々な情報やノウハウをお知らせしていくことができればと考えています。
時には、支援機関様や金融機関様、当事者である企業様から「それは違うんじゃない?」「もっとこうしたら良いんじゃない?」とアドバイスをいただくこともあるかもしれません。大歓迎です。我々は真に有用な事業性評価ツールについて検討を重ねています。皆様のご協力をいただく場面も出てくると思いますので、その際はどうぞよろしくお願い申し上げます。
以下、自己紹介も兼ねまして、事業性評価がどのように捉えられているのか、なぜ私がこのマガジンに参画したのか、などをお話しさせていただきます。
事業性評価という言葉への疑問
中小企業診断士になり、独立して12年目です。中小企業診断士になるための勉強をしている時から、事業者様の利益を追求するための勉強をしてきました。「利益」の定義ですが、数値の他に、経営者および従業員の「幸福や満足感」、チャレンジする「喜び」、または「不満や不安の解消」も含みます。それらを改善・向上できる仕事であるということに中小企業診断士としての誇りや喜びを見出してきました。
当然、上記の「利益」を改善・向上させるためには、「現場がどうなっているのか」「どういう気持ちで働いているのか」など定性的な要素を把握していかなければなりません。私にとってそれは中小企業診断士としての通常業務です。ところが、「上田さんは細かいところまで見てくれて助かる」「定性的なことも大切に考えて金融機関に説明してくれる」とお褒めの言葉をいただくことが多く、ありがたくはあるのですが同時に疑問が生じてしまいます。私はザックバランな性格ですので「普通です。逆に他の方はどういう風にされているのですか?」と素直に聞くことが多かったです。
数値の分析から見えてくる「原価率が高すぎるから改善しましょう」や「債務償還年数が長いですね、財政構造を改善してください」、「粗利益率改善のために値上げが必要ですね」、など決算書見たらわかるやん…ということで持って評価されることが多いと聞きました。
事業性評価とは?
例えば、私は、機械の先端の刃こぼれはどの程度の頻度で発生するか、今の治具を使うようになって公差はどの程度まで対応できるようになったか、なぜ従業員同士の仲が良いのか、など例を挙げるときりがありませんが、様々な事柄をヒアリングします。さらにそもそも「生きてて楽しいですか?」ということも重視してヒアリングしています。
人・物・金、いわゆる経営資源全体を網羅して、不足がある点を改善できるような提案を心掛けています。特に人に関しては単なるリソースとしての人ではなく、人格を持った個人として楽しく働けているか、家庭の状況(最近結婚した、子供が来年受験で不安など人生のステージも把握したい)もできるだけヒアリングします。人が関与しない労働は現時点では存在しません(将来、AIの進歩によって変わるかもしれませんが)。いくら加工精度が高い産業用ロボットを使っていても、納品するときに愛想が悪いと台無しです。モチベーションが高く、組織が活性化しているなどは、まさに定性的ではありますが、大きな競争力の源泉と言えます。
そして、上記のような私のヒアリング後の評価を「事業性評価」と呼ぶらしい、ことを知りました。では、事業性評価以外の方法で会社を評価することができるのか?おかしくないか?という疑問が残ります。決算数値によって仮説を立てることはできますが、あくまで仮説であり実態を把握しなければ数値自体に意味はありません。先に例で挙げさせていただいた「原価率が高い」ということを指摘することが評価と呼べるのであれば、我々の仕事は楽でしょうが、何の面白みもありませんし、おそらく私はこの仕事を辞めています。
事業性評価なんてものは本来無い、と考えています。それ以外の評価は、評価ではないからです。企業を評価するという点において、当然に事業性は含まれるべきです。では、次項でなぜ「事業性評価」という言葉が重みを持ち、どのような必要性からその言葉が使われているのかに触れ、私の考えも併せて述べさせていただきます。
事業性評価の必要性と実態
私の事務所へは、「自社のやっている事業の伸びしろを金融機関に理解させてほしい」、要は資金調達の手伝いの依頼が多く寄せられます。事業者様の他にも、金融機関の融資担当者からの依頼も多いです。
融資担当者は企業の良いところをぼんやりと納得しており融資をしたいと考えているものの、定性的な情報(強み・市場優位性・市場環境など)を上層部に上手く説明できず、決算状況(数値)が悪いため、このままだとおそらく融資できない。事業性評価をして、正確に企業の競争力を明確化してほしいという内容の依頼です。
事業性評価の一例
分かりやすい例を挙げさせていただきます。ある紙器製造業者様の依頼で、金融機関に自社の強みを伝えてほしいという依頼がありました。事業承継間もない3代目の経営者からの依頼です。先代経営者の急病後、急に3代目に就任、元々は全くの異分野に就職していました。どのように金融機関にアプローチすればよいのかも分からない状況でした。目の前に資金需要があるのですが、メインバンクから現在の貸付残や前期の売上高規模および損益状況などから、当分貸し付けができないと返答されお困りの状況でした。
まず、ヒアリングをして、今後どのように細部を把握するか協議するために1回目のヒアリングに臨みました。資金需要が高い理由は、受注が一気に増加し原材料仕入のための資金が必要だったからです。過当競争が激しい紙器製造業において、なぜ受注が一気に増加したのか、その点をヒアリングしたところ、経営者の営業能力が飛びぬけて高いという一言に尽きました。失礼ですがこの会社の技術力は並みです。保有設備も一般的なものです。近隣事業所に伝手があったわけでもないのに代替わり後、なぜか近隣からの受注が爆発的に増加しています。しかも他社より高く、きっちりと利益を上げられる金額での受注増です。おそらく、ここで皆さまは「営業能力」とは何なのか受注増が「なぜ」なのか、疑問に感じると思います。この定性的な「営業能力」という能力はどれくらいの価値があり、投資に値するのかどうか、判断基準をお持ちでしょうか。
結論を一旦述べますが、「可能性のある先には全てアプローチする」、このことがその経営者の生きてきた世界では当たり前の感覚だった、ということです。ビジネスマンとしての常識が無いとは言いませんが、自転車でいきなり会社訪問して何か受注をくれませんかと、近隣全てにアプローチしていました。その経営者の近隣の感覚もやや広く、もはや他県でも「自転車でいけるやん」という感覚で、通る事業所全てに段ボールの需要が無いかアプローチしていました。この経営者の感覚は私に共通するものがありますが、実は稀有な感覚であることも、中小企業診断士としての経験から知っています。なかなか、言うは易しですが、ここまで気合いを入れて実行することは難しいことを知っています。このようなことができる、さらに成果が上がっている。後述しますが資金調達は1回のヒアリングで速攻でできました。今や年商は3倍になり、社会貢献活動なども積極的に取り組んで順調に推移しています。
定性的な要素について
では、この経営者の、「能力」を私がどのように説明したのか。紙器製造業にたまたま詳しかったので、業界が抱える構造的問題、市場が過当競争状況であり収益を上げることが難しいこと、労働環境も悪いこと、段ボールは使う側にとって主製品ではないため取引先をなかなか変更してもらいにくく、価格が優先されること、など一般的な知見をまず述べました。そのうえで、①経営者が異業種から急に事業承継したため、業界の構造的問題をそもそも知らず、結果的に回避できていたこと、②労働環境が良くないことが経営上ではなく人として嫌だという感性を持っていたためこの会社の労働環境整備が代替わり後、一気に進んだこと。それによって従業員の士気が高く生産効率を上げるための努力を皆が自発的にしており、組織が急激に活性化していたこと。③主製品ではないため取引先をなかなか変更してもらいにくいという点は、逆に使う側からすると「どうでも良い」とも言えるため、気持ちの良い取引(サービス水準)で機会があれば変更しても良い、結果的に変更してもらえていること。④膨大な数のアプローチをする中で、価格は堂々と利益の取れる金額を提示し、受け入れてもらえるところとだけ取引することとし、結果的に利益が取れるような見積もりで受注できていること。私が金融機関に何を説明したのかについてですが、一般的な知見で述べた業界の問題や課題を全て克服していることを示しました。
長々と書きましたが、要は結果を生み出している「根拠」を示しました。
上で示した根拠の根幹は「気合が入っていること」ですが、それを科学的に金融機関に向けて説明できるでしょうか。たまたま私には業界知見があっため説明できましたが、仮に、事業性評価ツールを使ったとすると、現状ではこのようなケースは極めて評価し辛いです。数値にできない「価値観・それに基づく行動様式」は、明らかに競争力の源泉であるにもかかわらず、あまりにも形而上的すぎるので反映されません。実態として、本来評価されるべき企業が上手く強みを表出して示すことができず、評価する側もそれを専門家知見によらず判断することは難しい状況です。
事業性評価ツールへの当マガジンの取組み
当マガジンでは、上記のようなケースで業界知見が無くても、真に競争力の源泉となっていることを反映できる、誰でも評価できるようなツールの開発ができないかと試行錯誤を進めています。
事業性評価の必要性ですが、もし誰か支援者がいなければ、上記の会社は金融支援を受けることはできなかったでしょう。それは地域経済や業界の活性化にとって良いことではないと考えています。このような会社が、適切に評価されず埋もれていくことは悲劇だと感じます。多くの支援団体や金融機関が自分たちに課せられた役割を果たすために、事業性評価を重視しようとしています。ただし、現状では誰でも使えるツールが存在せず、専門家知見に頼らざるを得ないのが実態です。
我々の仕事は企業の内部で、ともに汗をかき、生産性や生きがいを育んでいくことです。資金調達のための事業性評価は副業のようなものだと個人的には感じています。誰でも一定の水準で評価ができるツールの開発に向けて皆様の協力を得たいと心より願っています。今の実態を変えられるように、まずは事業性評価に積極的に取り組んでいただき、そこで出てきた課題・評価し辛いポイントなどがございましたら、お声がけいただけるとありがたいです。