「支援先から提出された経営デザインシート。各項目はきちんと埋まっている。しかし、なぜかその企業の『本当の強み』や『未来の可能性』がいまいち掴みきれない…。」
事業者支援に情熱を注ぐあなたなら、一度はそんなもどかしさを感じたことがあるのではないでしょうか。
その原因は、シートに書かれた「資源」「ビジネスモデル」「価値」という各要素が、あなたの頭の中でバラバラの「点」になってしまっているからかもしれません。企業の強みとは、個々の「点」の素晴らしさだけでなく、それらが有機的に繋がり、価値を生み出す「線」や「面」―すなわち「価値創造のメカニズム」にこそ宿るのです。
前回の記事では、「未来から逆算するバックキャスト思考」という、いわば事業性を評価するための考え方について解説しました。

今回は、その考え方で企業の未来を具体的に描き出すための、最も重要な機能である「資源」「ビジネスモデル」「価値」の3要素に焦点を当てます。
今回の3つの要素を紐解く目的は、単に3要素の定義をなぞることではありません。それぞれの要素がどう連動し、どう影響し合い、企業の「儲けのカラクリ」と「未来の可能性」を形作っているのか、その「関係性」を把握するための秘訣を徹底的に解説することです。
なので今回の内容をしっかりと把握いただくことで、あなたは以下の強力な視点を手に入れることができます。
- 支援先の事業を「点」ではなく「価値創造のメカニズム」という立体的なストーリーとして捉えられるようになる。
- 表面的な数字や言葉の裏にある企業の真の強み(特に無形資産)を見抜き、経営者自身も気づいていない可能性を引き出す質問ができるようになる。
- 事業性評価の質が向上し、より説得力のある稟議書作成や、経営者との未来志向の対話が可能になる。
さあ、企業の生命線ともいえる3要素の深いつながりを解き明かし、事業者支援のとしてのあなたの支援能力を新たなステージへと引き上げていただければと思います。
企業とは「価値創造のメカニズム」である
さて、本題である3要素の解説に入る前に、私たち支援者側が支援先の企業をどう捉えるべきか、その根本となる考え方を一つ共有させてください。
内閣府が公表している「経営デザインシート」に関する資料の中に、以下のような一文があります。
企業とは「環境を理解し、資源を確保し、それらを組み合わせ、ユーザーの求める価値を創出し、提供する一連の仕組み(価値創造のメカニズム)」である。
少し硬い表現に聞こえるかもしれませんが、これは事業性評価を行う上で非常に重要な視点を示唆しています。
つまり、企業とは単なる決算書上の数字の塊や、製品・サービスそのものではありません。「インプット(資源)を、独自のプロセス(ビジネスモデル)を通して、アウトプット(価値)に変換し続ける、常に動き続けているシステム全体」と捉えるのです。
では、なぜ今この「価値創造のメカニズム」という視点が重要なのでしょうか。
それは、過去の財務諸表が企業の「健康診断の結果(過去の実績)」だとすれば、このメカニズムは企業の「日々の生活習慣や基礎体力(将来のキャッシュフローを生み出す力)」を映し出すからです。
どんなに過去の診断結果が良くても、その企業の価値創造メカニズムが時代の変化に対応できていなければ、未来は危ういかもしれません。逆に、今は苦しい状況でも、他社にはないユニークで強靭なメカニズムが機能していれば、将来の成長ポテンシャルは高いと判断できます。
そして、この「価値創造のメカニズム」というシステムを理解するために不可欠な構成要素こそが、本記事のテーマである「資源」「ビジネスモデル」「価値」の3つなのです。
ではこの3つの要素を一つひとつ、じっくりと深掘りしていきましょう。まずは、全ての源泉となる「資源」からです。
【要素1】「資源」の深掘り:価値創造の源泉
企業の価値創造メカニズムを理解する、最初のステップは「資源」の特定です。「資源」とは、企業が価値を生み出すために活用する全ての源泉を指します。
支援先との対話において、私たちは貸借対照表に載っている資産を把握することから始めがちです。しかし、企業の真の強みや将来性は、しばしば目に見えない資産に隠されています。私たちの役割は、その隠れた資産を経営者と共に発見し、言語化することです。
ここでは「資源」を3つのカテゴリーに分けて、それぞれの深掘りのポイントを見ていきましょう。
有形(目に見える)の資源
これは最も分かりやすい資源です。決算書を読めば把握できる、物理的な資産を指します。
- 定義: 土地、建物、機械設備、車両、現金、在庫など、貸借対照表に計上される物理的な資産。
- 役割: 製品の生産やサービスの提供に不可欠な、事業運営の土台となります。
- 支援の視点: これらの資産は事業の基盤ですが、これだけでは持続的な競争優位性を築くことが難しくなっているのが現代です。対話の出発点とはなりますが、本当の深掘りはここから始まります。
無形(目に見えない)の資源
ここからが、事業者支援の腕の見せ所です。企業の独自性や競争力の源泉は、この「無形の資源」に凝縮されていることがほとんどです。
そして、「事業性融-資の推進等に関する法律」によって創設される「企業価値担保権」は、まさにこれらの無形資産の価値を適切に評価することを私たちに求めています。
- 定義と深掘りのヒント:
- 人材: 単なる従業員数ではありません。「あのベテラン職人さんがいるから、この精度が出せる」「あの営業部長がいるから、大手との取引が続いている」といった、特定の個人に帰属するスキルや信頼関係が重要な資源です。
- 技術: 特許という 知的財産 だけでなく、「マニュアル化できない製造ノウハウ」「長年の経験で培われた独自のレシピ」「顧客対応を効率化する社内システム」など、現場に眠る「秘伝のタレ」のような情報も含まれます。
- 組織力: 「風通しの良い企業文化」「迅速な意思決定プロセス」「部署を超えたチームワーク」など、人が活き活きと働き、情報がスムーズに流れる仕組みそのものが強力な資源となります。
- 顧客とのネットワーク: 顧客リストの数以上に、「熱心なファンコミュニティの存在」「長年の取引で築かれた強固な信頼関係」など、関係性の「質」や「深さ」が重要です。
- ブランド: 地域で「〇〇といえば、あの会社だよね」と言われるような、地域社会からの信頼や好意的なイメージも、お金では買えない貴重な資産です。
- 知的財産(知財): 特許や商標権について、「その権利が、ビジネスモデルのどこを守り、どうやって収益に貢献しているのか?」を紐付けて理解することが、事業性評価の鍵となります。
他者の資源(外部調達資源)
現代の経営では、全てを自社で抱える必要はありません。外部の力をうまく活用できるかも、企業の重要な能力です。
- 定義: 外部企業との提携、大学との共同研究、専門家(コンサルタント、顧問税理士等)の活用など。
- 役割: 自社の弱みを補い、スピード感をもって新しい市場や技術へアクセスすることを可能にします。
- 支援の視点: 私たち支援者側からの融資や経営アドバイスも、企業にとっては重要な「他者の資源」です。支援先がどのような外部ネットワークを持っているか、そして私たち自身がそのネットワークの一員としてどう貢献できるかを考えることが大切です。
「資源」の深掘りを整理するための対話のポイント
支援先との面談で、これらの「資源」を効果的に引き出すために、以下のような問いを投げかけてみてはいかがでしょうか。
- 「決算書には表れませんが、御社が『これだけは他社に絶対に負けない』と誇れるものは何ですか?」
- 「もし、競合他社が御社の真似をしようとしたら、一番どこで苦労すると思いますか?」
- 「長年お付き合いのあるお客様は、なぜ御社を選び続けてくれるのだと思われますか?」
- 「これから事業を成長させていく上で、社内にはない、どのような知識や協力者が必要になりますか?」
【要素2】「ビジネスモデル」の深掘り:価値創造の仕組み
さて、前の章で企業が持つ様々な「資源(インプット)」を深掘りしました。しかし、どれだけ素晴らしい資源を持っていても、それらが活用されなければ価値は生まれません。
そこで登場するのが、2つ目の要素である「ビジネスモデル」です。これは、発見した「資源」をどのように活用し、顧客が喜ぶ「価値」へと変換していくか、その一連の設計図であり、実行プロセスそのものを指します。
私たちの役割は、この設計図を経営者と共に「見える化」し、その独自性や強靭さ、そして将来性を評価することにあります。
ビジネスモデルの役割と定義
シンプルに言えば、ビジネスモデルとは「どのようにして、顧客を幸せにし、結果として会社が儲かるか」という、事業活動の全体像です。それは、以下の問いに答えることで明らかになります。
- 誰に(Who): どんな顧客をターゲットにしているか?
- 何を(What): どんな価値を提供しているか?
- どのように(How): どんな活動やプロセスを経て価値を届け、収益を得ているか?
- 誰と(With Whom): どんなパートナーと協力しているか?
この全体像を把握することで、資源から価値への変換プロセスが効率的か、他社が真似できない独自性があるか、といった事業の中核が見えてきます。
【ビジネスモデルの例】
「高品質な部品(資源)を、熟練の技術で組み立て(活動)、直販ECサイト(チャネル)を通じて、ニッチなファン(顧客)に直接届け、安定した収益を得る」といった一連の流れ全体がビジネスモデルです。
ビジネスモデルにおける「知的財産」の戦略的役割
特に、ビジネスモデルの独自性や競争優位性を守る上で、知的財産(知財)は極めて重要な役割を果たします。
単に「特許を持っている」という事実だけでなく、「その特許が、ビジネスモデルのどの部分を守っているのか?」という視点が不可欠です。例えば、独自の製造プロセス(How)を特許で守ることで、他社の参入を防ぎ、価格競争に巻き込まれない安定した収益構造を維持できます。このように、知財はビジネスモデルの持続可能性を支える「堀」や「防波堤」の役割を担うのです。
「ビジネスモデル」の深掘りを整理するための対話のポイント
支援先のビジネスモデルの解像度を上げるため、面談では以下のような切り口で対話を進めてみてはいかがでしょうか。
- プロセスを旅する質問: 「社長、お客様が御社のことを知ってから、実際に商品(サービス)を手に取り、お金を払ってくださるまでの一連の流れを、一緒に旅するように教えていただけますか?」
- 独自性をあぶり出す質問: 「その一連の流れの中で、他社が『これは真似できない』と音を上げるような、御社ならではの『秘訣』や『工夫』はどの部分にありますか?」
- 収益の源泉を探る質問: 「お客様は、その『秘訣』や『工夫』の、具体的にどの部分に対して喜んでお金を払ってくださっているのでしょうか?」
- 知財の役割を確認する質問: 「その『秘-訣』を守るために、何か法的な権利(特許など)や、社内だけのノウハウとして管理しているものはありますか?」
- 資源との連携を問う質問: 「この素晴らしい仕組みを動かすために、特にどの『資源』(例えば、〇〇さんの技術や、△△社との関係)が欠かせませんか?」
【要素3】「価値」の深掘り:価値創造のアウトプット
ここまで、企業が持つ「資源(インプット)」と、それを活用する「ビジネスモデル(プロセス)」を見てきました。いよいよ最後の要素、価値創造メカニズムの出口であり、企業の存在意義そのものである「価値(アウトプット)」の深掘りに進みます。
「価値」とは、企業がその事業活動を通じて、顧客や社会に提供する具体的な「恩恵」や「良いこと」の全てを指します。
支援先との対話において、「御社の強みは何ですか?」と尋ねると、「品質の高さ」や「技術力」といった答えが返ってくることがあります。それらは素晴らしい「資源」や「ビジネスモデル」の一部ですが、「価値」そのものではありません。
「価値」を理解する鍵は、視点を企業側から顧客・社会側へと移すことです。「その高い品質や技術の結果として、顧客はどんな“ハッピー”を手にしているのか?」――この問いこそが、価値の本質に迫る第一歩です。
顧客にとっての「価値」とは?
これは、顧客がなぜ競合ではなく、その企業を選び、お金を払ってくれるのか、その根本的な理由です。
- 定義: 顧客が抱える課題の解決、ニーズの充足、あるいは喜びや感動といった感情的な充足。
- 役割: 企業の売上や利益の直接的な源泉となります。
- 支援の視点: 「便利な商品」というレベルに留まらず、「顧客のどんな“不(不満・不安・不便)”を解消しているか?」という視点で深掘りすることが重要です。課題が深刻であるほど、また、提供する喜びが大きいほど、顧客はその対価を喜んで支払い、企業の収益性は高まります。
社会にとっての「価値」とは?
企業の活動は、直接の顧客だけでなく、より広い社会にも影響を与えます。特に近年、企業の社会的価値(ESGやSDGsへの貢献)は、その企業の持続可能性を測る上で重要な指標となっています。
- 定義: 雇用の創出、地域経済への貢献、環境負荷の低減、働きやすい職場環境の提供など。
- 役割: 企業の社会的信用やブランドイメージを向上させ、優秀な人材の獲得や地域社会との良好な関係構築に繋がります。
- 支援の視点: これは単なる慈善活動ではありません。例えば、働きがいのある職場(価値)は、優秀な人材(資源)を引きつけ、結果として企業の競争力を高めます。このように、社会的価値は、巡り巡って新たな「資源」を生み出すのです。
価値がもたらす「還流」:次なる資源の源
価値の提供は、一方通行で終わりません。企業は価値を提供した対価として、お金だけでなく、様々なものを「還流」資産として受け取ります。これが、価値創造メカニズムを次のサイクルへと繋げる燃料となります。
- 還流資産の例:
- 売上・利益: 新たな設備投資や人材採用のための「有形資源」となる。
- 顧客からの信頼・評判: 「ブランド」という強力な「無形資源」を形成する。
- 顧客データや感謝の声: 次の商品開発に繋がる「情報」という「無形資源」となる。
- 従業員の誇りや達成感: 「組織力」や「人材」という「無形資源」を強化する。
「価値」の深掘りを整理するための対話のポイント
支援先の提供価値の本質を見極めるために、経営者にこんな質問を投げかけてみてはいかがでしょうか。
- 顧客視点に立つ質問: 「もし私が御社の熱心なファンだとしたら、『この会社がなくなったら本当に困る』と思う一番の理由は何だと説明してくださいますか?」
- 課題解決を問う質問: 「お客様は、御社の商品(サービス)を使うことで、どのような悩みや面倒から解放されているのでしょうか?」
- 社会的意義を問う質問: 「利益や売上とは別に、社長がこの事業を通じて『社会の役に立っている』と実感されるのは、どのような瞬間ですか?」
- 還流を意識させる質問: 「お客様からの『ありがとう』という言葉や信頼が、結果として、御社のどのような強みに繋がっていると感じますか?」
3要素の相互作用:価値創造メカニズムの全体像
これまで、「資源」「ビジネスモデル」「価値」という3つの要素を個別に深掘りしてきました。この章では、いよいよ、これら3つがどのように連携し、企業の成長エンジンとして機能しているのか、その全体像を捉えます。
重要なのは、これら3要素の関係が一方通行ではない、ということです。むしろ、互いに影響を与え合いながら、企業の成長を加速させる「価値創造の好循環(グロース・サイクル)」として捉えるべきです。
このサイクルは、以下のように回っています。
- まず、企業が保有する独自の【資源】(特に、人材や技術といった無形資産)が全ての起点となります。
- 次に、その資源を巧みに活用する、他社にはないユニークな【ビジネスモデル】が存在します。
- その結果として、競合には真似のできない卓越した【価値】が顧客に提供されます。
- そして、提供した価値の対価として得られた利益や信頼といった「還流資産」が…
- …さらなる【資源】(新たな設備投資や優秀な人材の獲得)の強化に繋がり、サイクルがより力強く、速く回り始めるのです。
私たち金融機関の支援者としての役割は、このサイクルが「どこから始まっているのか」「どの部分が強みなのか」「そして、どこかに目詰まりは起きていないか」を、経営者との対話を通じて見極めることです。
例えば、素晴らしい技術(資源)を持っていても、それを活かすビジネスモデルが古いままだと、価値が顧客に届かず、サイクルはうまく回りません。これが、事業性評価でよく言われる「宝の持ち腐れ」の状態です。逆に、最初は小さな資源からでも、このサイクルが力強く回っている企業は、将来大きな成長を遂げる可能性を秘めています。
この「サイクルを回す力」の理解こそが、経営デザインシートを使ったバックキャスト思考の土台となります。
つまり、「将来、このサイクルをさらに大きく、速く回すためには、どの要素(資源・ビジネスモデル・価値)に、どのような投資や変革が必要か?」を経営者と共に考えること。これこそが、私たちが目指すべき未来志向の対話です。
そして、この「将来、サイクルを回し続ける力(=将来の価値創造ポテンシャル)」を、論理的かつ具体的に示したものこそが、「企業価値担保権」の評価において私たちが最も求める、説得力のある根拠となるのです。
まとめ:企業の「強さ」は、3要素の「つながり」に宿る
いかがだったでしょうか?今回は、経営デザインシートの核となる「資源」「ビジネスモデル」「価値」について、その関係性を深掘りしてきました。
最も重要なのは、これらを個別の要素として見るのではなく、互いに影響を与え合いながら成長を加速させる「価値創造の好循環」として、そのダイナミックなつながりを捉える視点です。
この視点を持つことで、私たちは支援先の決算書や事業計画書の行間に流れるストーリーを読み解くことができます。「なぜ、この会社は強いのか?」「どこに、これからの成長の伸びしろがあるのか?」――その答えは、3要素がいかに巧みに連携し、力強く循環しているかに隠されています。
ぜひ、この「3要素のサイクル」というレンズを通して、支援先企業を眺めてみてください。きっと、これまで見えなかった新たな強みや、経営者との対話を一歩深めるための突破口が見つかるはずです。
次回予告:「対話」を深化させ、真のパートナーへ
さて、企業の価値創造メカニズムを理解する「レンズ」を手に入れたところで、次なる疑問は「このレンズを、具体的にどう活用すれば、より良い支援に繋がるのか?」ということではないでしょうか。
次回の記事では、いよいよ実践編として、経営デザインシートが持つ「対話のツール」としての絶大な力に焦点を当てます。
特に、
- 社内の部門間の壁を壊し、一枚岩の組織を作る「共通言語」として
- 後継者が先代の想いと事業の本質を受け継ぐ「事業承継の設計図」として
- そして、私たち金融機関が真のパートナーとなるための「信頼構築の架け橋」として
の3つの側面に光を当て、具体的な活用法と対話のポイントを解説したいと思います。どうぞ、ご期待ください。