市場の変化が激しく、将来が見通しにくい現代において、中小企業が持続的に成長していくためには、明確な羅針盤が必要です。その羅針盤こそが、内閣府が公表し、経済産業省が作成を推奨する「経営デザインシート」を使うことで見える化できると言われています。でもそれは本当なんでしょうか?本当に「経営デザインシート」を使うだけで誰でも羅針盤が手に入るのでしょうか?鵜呑みにしてよいのかどうかは調べてみないとわかりませよね。
そこで今回は、経営デザインシートの基本から、なぜ今、これほどまでに注目されているのかを徹底的に調査して解説してみようと思います。企業の持続的成長の実現性を高めるため役立つかどうか、知りたい方はぜひ最後までお読みくださいませ。
経営デザインシートとは?シンプルに理解するその本質
経営デザインシートは、一言で言えば「将来を構想するための思考補助ツール(フレームワーク)」と言えます 。これは、複雑になりがちな企業の現状と未来のビジョンを、シンプルかつ体系的に整理するために内閣府が開発しました。
内閣府 知的財産戦略推進事務局によると、経営デザインシートは、以下の4つの要素を通じて、企業が環境変化に耐え抜き、持続的に成長するための羅針盤となります 。
- (A) 存在意義(パーパス): 会社や事業が「なぜ存在するのか」を深く意識します。これは、企業の根幹となる理念やビジョンを明確にする部分です 。
- (B)「これまで」: これまでの会社や事業が、どのような価値創造メカニズムで活動してきたのかを把握します。具体的には、保有する「資源」、活動の「ビジネスモデル」、そして生み出してきた「価値」を整理します 。
- (C)「これから」: 長期的な視点で、会社や事業が「どのような姿になりたいのか」という「ありたい姿」を構想します。ここでも、「資源」「ビジネスモデル」「価値」を未来の視点から描きます 。
- (D) 移行戦略: (B)の「これまで」から(C)の「これから」へと移行するために、今から「何をすべきか」という具体的な戦略を策定します 。これは、現状と未来のギャップを埋めるための行動計画となります 。
このように、経営デザインシートは単なる現状分析ツールではなく、未来志向で企業の価値創造プロセスを「デザイン」し直すための対話ツールとしての性格が強いのが特徴です。1枚のシートにこれらの要素を集約することで、経営の全体像を俯瞰し、関係者間で共通認識を持ちながら、未来の戦略を練り上げることが可能になります 。
なぜ今、経営デザインシートが必要なのか?
現代の経営環境は、過去とは大きく変化しています。この変化に対応し、企業が生き残り、成長を続けるために、経営デザインシートの必要性はますます高まっています。
必要な理由1: 20世紀と21世紀の価値創造の違い
20世紀は、良いものを作れば売れる時代でした 。供給力が需要を牽引し、大規模な製造設備などの有形資産が価値の源泉とされていました 。
しかし、21世紀に入ると状況は一変します。現代においては、新技術や新製品であっても、顧客に「選ばれなければ売れない」時代となりました 。これは、超少子高齢化や長期的な低経済成長、多額の国の借金、急速な温暖化といったマクロ環境の変化に加えて、新型コロナウイルス感染症やロシアのウクライナ侵攻などの未曾有の事態が発生し、市場が大きく変動しているためです。
必要な理由2: 無形資産の重要性の高まり
企業の価値創造の源泉も変化しています。S&P 500の時価総額に占める無形資産(知的財産を含む)の割合は、1985年にはわずか32%でしたが、2015年には87%にまで飛躍的に増加しています 。これは、もはや物理的な設備や工場といった有形資産だけでなく、ノウハウ、顧客基盤、知的財産権、ブランド、組織力、人材など、目に見えない無形資産が企業価値の大部分を占めるようになったことを意味します。現代では、顧客のニーズやウォンツに接近する価値を生み出す仕組みやデータといった無形資産こそが、価値創造の主要な源泉となっているのです 。
必要な理由3: 将来を見据えた経営の必要性
このような激しい環境変化に耐え抜き、持続的な成長を実現するためには、明確な長期ビジョンが不可欠です 。場当たり的な経営ではなく、将来の「ありたい姿」を具体的に描き、そこに至るまでの道筋を戦略的にデザインする視点が求められています 。経営デザインシートは、自社や事業の「これまで」を深く理解し、変化する外部環境を見据えた上で、「これから」の姿を構想することを目的としています 。これにより、不確実性の高い時代でも、企業がブレずに進むべき方向性を見出すことが可能になります。
経営デザインシートの5つの特徴

経営デザインシートは、その特性上、経営の全体像を把握し、未来をデザインする上で非常に有効なツールです。その主な特徴は以下の5点です 。
特徴1:1枚で全体を俯瞰できる
複雑な経営状況や将来構想を1枚のシートに集約することで、全体像を瞬時に把握できます 。これにより、経営層や従業員、さらには外部のステークホルダー(金融機関や取引先など)との間で、共通認識を持ちながら議論を進めることが容易になります。
特徴2:時間軸を意識できる
シートは「これまで」と「これから」という明確な時間軸で構成されています 。これにより、過去から現在、そして未来への連続性を捉え、現状の課題が将来のビジョンにどう影響し、どのような移行戦略が必要かを具体的に検討できます。
特徴3:想いを記載できる
数値だけでは表現しきれない企業の想いや理念、解決したい社会的課題、企業文化・企業風土、そして事業コンセプトといった「自社の目的・特徴」「事業概要」「価値」を盛り込むことができます 。これにより、企業の個性や目指す方向性がより明確になります。
特徴4:大切な部分の明確化
シートの欄が限られているため、本当に大切なことしか書けません 。この「情報の絞り込み」が、かえって本質的な課題や目標を浮き彫りにし、経営の優先順位を明確にする助けとなります。
特徴5:「資源」と「ビジネスモデル」と「価値」の関係性を意識しやすい
企業が価値を生み出すメカニズムを構成する主要な要素である「資源(インプット)」「ビジネスモデル(プロセス)」「価値(アウトプット)」の関係性を視覚的に捉えることができます 。これにより、それぞれの要素がどのように連動して企業価値を創造しているかを明確にし、整合性のある経営をデザインすることが可能になります。
経営デザインシートが活用される場面
経営デザインシートは、単なる経営計画書作成ツールにとどまらず、企業内部のコミュニケーション促進から外部との連携強化まで、多岐にわたる場面で強力な対話ツールとして活用されます。
場面1:企業内部
経営デザインシートは、社内の意思疎通を深め、組織全体のベクトルを合わせるために非常に有効です。
- 将来構想の共有と議論: 社長、後継者、そして社員の間で、企業の将来のありたい姿や目標について活発な対話を促します 。
- 事業承継の円滑化: 現経営者がこれまでの事業を整理し、後継者が未来のビジョンを描くことで、事業承継に関する実質的な戦略議論を進めることができます 。
- 社内の意識合わせ: 組織全体で共通の目標や価値観を認識し、日々の業務に落とし込むための意識統一を図ります 。
- 戦略議論の活性化: 経営層だけでなく、各部門や個々の社員が経営デザインシートを通じて戦略的な視点を持つことで、より実質的な議論が可能になります 。
場面2:外部との連携
経営デザインシートは、企業を取り巻く外部のステークホルダーとの関係構築においても、その真価を発揮します。
- 企業支援者との対話: 中小企業診断士、税理士、弁理士などの企業支援者に対して、自社の経営実態や将来性を具体的に示すことで、より的確な経営助言や提案を引き出すことができます 。
- 金融機関との関係強化: 銀行などの金融機関との融資交渉や事業性評価の際に、財務諸表だけでは伝わりにくい事業の将来性や無形資産の価値を具体的にアピールするための有効なツールとなります。これにより、融資の円滑化や相互理解の促進に繋がります 。
- 投資家へのIR(インベスターリレーションズ): 投資家に対して、企業のビジョンや成長戦略、価値創造のメカニズムを明確に伝えることで、投資判断の一助となり、信頼関係を構築します 。
場面3:オープンイノベーション
現代のビジネスにおいて不可欠なオープンイノベーションの推進にも、経営デザインシートは貢献します。
- 他企業との共創: 新規事業の創出や新たな技術開発において、提携を検討する他企業と共通のビジョンや価値観を共有するための基盤となります 。
- 連携先の明確化: 自社の強みや将来像を明確にすることで、どのようなパートナーと組むべきか、その連携の方向性を具体的に検討しやすくなります 。
まとめ:未来を拓く羅針盤「経営デザインシート」で持続的成長を!
ここまで、経営デザインシートの基本的な概念から、その必要性、そして具体的な活用場面について解説してきました。
現代の激しい環境変化の中で、企業が生き残り、成長していくためには、従来の有形資産に依存した経営から脱却し、目に見えない無形資産の価値を最大限に引き出すことが不可欠です。そして、2024年6月に成立し、間もなく施行される「事業性融資推進法」と、それに伴う「企業価値担保権(EVS)」の登場は、企業の事業性、特に無形資産の価値評価の重要性を一層高めています。
経営デザインシートは、まさにこの新しい時代の経営と資金調達に対応するための強力なツールです。
- 1枚で全体を俯瞰し、複雑な経営状況をシンプルに整理できる 。
- 「これまで」と「これから」の時間軸で、未来への具体的な道筋を描ける 。
- 数値では表せない「想い」を共有し、組織のベクトルを合わせられる 。
- 「資源」と「ビジネスモデル」と「価値」の関係性を明確にし、価値創造のメカニズムを最適化できる 。
そして何より、経営デザインシートは、企業内部での戦略議論だけでなく、金融機関の皆様、企業支援者の皆様、そして事業パートナーとの「対話」を促進する、生きたコミュニケーションツールとして機能します 。
未来の資金調達を成功させ、事業の持続的成長を確実にするために、経営デザインシートは、企業を導く不可欠な羅針盤となるでしょう。
このブログシリーズでは、今後も経営デザインシートの活用を深掘りしていきます。
次回の記事では、いよいよ【内閣府公式】経営デザインシートの「様式」を具体的に見ていき、その「ダウンロード方法」を詳しく解説します。
ぜひブックマークして、次回以降の記事も楽しみにお待ちください。未来をデザインする旅は、まだ始まったばかりです。
関連情報
- 経営をデザインする:首相官邸ウェブサイト
- 「事業性融資の推進等に関する法律施行令(案)」及び「企業価値担保権に関する信託業務に関する内閣府令(案)」等の公表について:金融庁ウェブサイト
- 知財のビジネス価値評価検討タスクフォース 報告書[概要]:首相官邸ウェブサイト