第4回:”約束”を”成長エンジン”に変える – 企業価値担保権時代の「コベナンツ設計」と「伴走支援」実践論

第4回:”約束”を”成長エンジン”に変える – 企業価値担保権時代の「コベナンツ設計」と「伴走支援」実践論

皆さん、こんにちは。事業性評価ツールマガジンのリーダーを拝命している西口です。

前回の記事では、企業価値担保権を活用するための鍵となる「事業価値評価レポート」の作成プロセスに焦点を当てました。「対話」を通じて企業の”目に見えない価値”を掘り起こし、それを金融機関にも伝わる”共通言語”へと昇華させていく具体的なステップをご紹介しました。そして、レポート作成はゴールではなく、企業と共に未来を創り出すプロセスの「出発点」である、ということを確認しました。

さて、無事にレポートが完成し、企業価値担保権信託契約が結ばれ、融資が実行されたとしましょう。しかし、私たちの支援はここで終わりではありません。むしろ、ここからが本当の「伴走支援」の始まりです。企業が描いた成長ストーリーを実現し、融資を確実に返済していくためには、融資後の継続的な関与が不可欠となります。

今回の第4回では、その融資後の伴走支援を成功させるための重要なツール、「コベナンツ」に焦点を当てます。コベナンツと聞くと、「制約」「監視」といった少しネガティブなイメージを持たれる方もいるかもしれません。しかし、企業価値担保権時代のコベナンツは、単なる”縛り”ではありません。企業と金融機関・支援者が共に未来へ進むための”約束”であり、企業の成長を加速させる”エンジン”にもなり得るのです。

今回は、コベナンツの本質を正しく理解し、それを企業の成長に繋げるための効果的な設計運用(モニタリング)、そして伴走支援の実践について、具体的な方法論を探っていきましょう。

さて、まずはなぜ融資後の「約束」がこれほど重要なのか、その本質的な理由から考えていきましょう。

目次

「生かす担保」を機能させるための”約束” – コベナンツの真価

これまでのシリーズでも触れてきたように、企業価値担保権は、従来の「回収のための担保」とは根本的に思想が異なります。それは、事業の継続と成長を支える「生かす担保」である、という点です。

従来の不動産担保などは、万が一の時にその「モノ」を売却して資金を回収することを主眼としていました。そのため、極端な話、融資を実行した後は、返済が滞らない限り、企業の経営状況に深く関与しなくても担保価値は(ある程度)維持されました。もちろん、多くの金融機関は融資先の経営状況を気にかけていましたが、制度上、必ずしも密接な関与が求められていたわけではなく、結果として「貸しっぱなし」に近い状態が生まれる余地があったことも事実です。

しかし、企業価値担保権はどうでしょうか? この担保の価値の源泉は、特定の「モノ」ではなく、「事業全体が生み出す将来のキャッシュフロー」、つまり「稼ぐ力」そのものです。事業がうまくいっていれば価値は高まりますが、逆に事業が傾けば、担保価値も大きく毀損してしまいます。つまり、事業の”健康状態”と担保価値が直結しているのです。

だからこそ、融資を実行して終わり、では成り立ちません。企業が計画通りに事業を進め、価値を生み出し続けられるように、金融機関や支援者が継続的に関与し、見守り、時にはサポートしていくことが、この「生かす担保」を本当に機能させる上で絶対的に必要になるのです。ただ見守るだけでなく、企業と共に汗を流す姿勢が求められます。

その継続的な関与とサポートを、具体的で実効性のあるものにするための”仕組み”であり、企業と金融機関・支援者の間の具体的な「約束事」、それが「コベナンツ(Covenants)」なのです。

コベナンツは、融資契約を結ぶ際に、「こういう目標に向かって一緒に頑張りましょう」「そのために、こういう点は守っていきましょうね」「定期的に状況を共有し合いましょう」といった内容を、契約として明確に取り決めます。

これは、単なる努力目標ではありません。契約に基づく「約束」だからこそ、

  • 企業側には: 計画達成へのコミットメントが生まれ、経営の規律が高まります。
  • 金融機関・支援者側には: 企業の状況をタイムリーに把握し、適切なタイミング必要なサポートを提供する根拠機会が生まれます。

従来の「貸しっぱなし」のリスクを回避し、企業と金融機関・支援者が共通の目標に向かって二人三脚で進んでいく。そのための具体的な道筋を示し、関係性を担保するもの。それが、企業価値担保権時代におけるコベナンツの真価なのです。まさに、「生かす担保」を血の通った、生きた仕組みにするための”心臓部”と言えるでしょう。

では、そのコベナンツとは具体的にどのようなもので、どのような役割を果たすのでしょうか? 少し誤解されやすい側面もあるため、次のセクションで、その本質と目的を改めて整理していきましょう。

コベナンツとは何か? – 誤解されやすい役割と目的の再確認

「コベナンツ」という言葉自体は、金融の現場では馴染みのある言葉かもしれません。しかし、これまでの融資実務、特に中小企業向けでは、その活用が限定的だったり、あるいは少しネガティブなイメージを持たれたりしてきた側面もあります。企業価値担保権という新しい文脈において、コベナンツの役割と目的を正しく理解し直すことは、今後の伴走支援を成功させる上で非常に重要です。まずは、よくある誤解を解きながら、その本質に迫りましょう。

単なる「制約」ではなく「成長への道標」

コベナンツに対して最も根強いイメージは、「あれをしてはダメ」「これをしなければならない」といった「制約」や、金融機関による「監視」のツールというものではないでしょうか? 確かに、融資契約書には、特定の財務指標(例えば、自己資本比率や利益水準など)を維持することや、一定額以上の設備投資を行う際には事前に承認を得ること、といった条項が盛り込まれることがあります。これらは、貸し手である金融機関のリスクを管理する上で必要な側面もあります。

しかし、企業価値担保権時代のコベナンツは、単に企業を縛り付けるためのものではありません。むしろ、その主眼は、融資の前提となった事業計画(第3回で触れた「事業価値評価レポート」に基づく計画など)を着実に実行し、企業が持続的に成長していくための「道標(みちしるべ)」としての役割にあります。

考えてみてください。事業計画は、企業と金融機関・支援者が対話を通じて共に描き出した未来への設計図です。コベナンツは、その設計図通りに航海が進んでいるかを確認するための「計器」であり、もしルートからずれそうになった時に早期に警告を発してくれる「アラーム」なのです。

  • 目標達成への意識向上: 例えば、「半年後に売上高〇〇円を目指す」という計画に対し、「四半期ごとの売上進捗を確認する」というコベナンツがあれば、経営者は常に目標達成への意識を高く保ち、日々の行動に繋げやすくなります。
  • 早期の軌道修正: もし、市場環境の変化などで計画通りに進捗していないことが早期に分かれば、「なぜ計画とずれているのか?」「どうすれば軌道修正できるか?」を深刻な状況に陥る前に金融機関や支援者と共に検討し、対策を講じることができます。これは、問題が大きくなってから対応するよりも、はるかに少ないコストと労力で済みます。
  • 建設的な対話の促進: コベナンツに基づく定期的な報告や協議の場は、単なる数字の確認に留まりません。「目標達成に向けて、こんな新しい取り組みを始めました」「最近、こんな課題が出てきて…」といった生きた情報を共有し、経営課題について共に悩み、知恵を出し合うための貴重なコミュニケーションの機会となります。

このように、適切に設計され、前向きな意図を持って運用されるコベナンツは、企業にとっては自社の成長をナビゲートしてくれる「経営管理ツール」として、そして私たち金融機関・支援者にとっては「効果的な伴走支援ツール」として機能し、双方にとって大きなメリットをもたらすのです。「制約」ではなく「成長への道標」。この視点の転換が、まず重要になります。

では、具体的にどのようなメリットが期待できるのでしょうか? 書籍の内容も参考にしながら、さらに詳しく見ていきましょう。

書籍『企業価値担保権入門』から学ぶ意義とメリット

参考書籍である水野浩児先生の『企業価値担保権入門』でも、コベナンツの重要性は随所で強調されています。この書籍を読むと、企業価値担保権という新しい枠組みの中で、コベナンツが果たす多面的な役割と、それがもたらす具体的なメリットがよく理解できます。いくつか重要なポイントを抜き出してみましょう。

  • 予兆管理の実現と早期対応:書籍では、コベナンツが「予兆管理」を可能にする点が大きなメリットとして挙げられています。定期的な財務・非財務情報の報告や、特定の指標(KPI)のモニタリングを通じて、事業が悪化する”兆し”を早い段階で捉えることができます。これは、問題が深刻化し、手遅れになる前に、金融機関や支援者が企業と共に予防的な対策や早期の軌道修正に乗り出すことを可能にします。従来の「何かあってから対応する」のではなく、「何か起こる前に手を打つ」という、プロアクティブ(先見的)な関与を実現する上で、コベナンツは極めて有効なツールとなるのです。
  • 金融機関内部での共通認識と説明責任:コベナンツで定められたモニタリング項目や報告内容は、金融機関内部においても、その企業の状況を客観的かつ継続的に把握するための重要な情報となります。なぜこの企業を支援するのか、現状はどうなっているのか、といった点について、担当者だけでなく、組織全体(審査部や経営層など)で共通認識を持ちやすくなります。これは、担当者が変わった場合でも一貫性のある支援を継続するためや、適切なリスク管理を行う上で不可欠です。また、企業価値担保権のような新しい取り組みを進める上での内部的な説明責任を果たす上でも役立ちます。
  • 企業側の規律付けとガバナンス向上:経営者保証が原則として制限される企業価値担保権において、コベナンツは経営者保証に代わる新たな規律付け(ガバナンス)の仕組みとして機能します。経営者は、株主(多くの場合、経営者自身ですが)だけでなく、契約を通じて金融機関に対しても一定の説明責任を負うことになります。「計画達成に向けて、社内体制をこう整備しよう」「目標達成のために、もっと情報をオープンにしよう」といった意識が働き、結果として経営の透明性や管理レベルの向上が促される効果が期待できます。
  • 伴走支援の”型”となる:コベナンツに基づく定期的なコミュニケーション(報告や協議)は、金融機関や支援者が企業の状況に合わせてタイムリーな助言やサポートを提供する”型”、つまり具体的な機会となります。単なる数字のチェックだけでなく、「目標達成に向けて、何か困っていることはありませんか?」「こういう新しい補助金が使えそうですよ」といった、経営課題の解決に向けた建設的な対話へと自然に繋げていくことができます。これにより、支援が場当たり的になることを防ぎ、計画的かつ継続的な伴走支援を実現しやすくなります。

これらの意義とメリットを理解すれば、コベナンツが単なる契約上の形式的な条項ではなく、企業価値担保権という新しい融資制度を成功させるための実質的な鍵であり、企業と支援者の双方にとって価値あるツールであることがお分かりいただけるでしょう。

そして、コベナンツにはもう一つ、非常に重要な役割があります。

情報の非対称性を解消し、信頼関係を深化させるツール

金融の世界では、「情報の非対称性」という言葉がよく使われます。これは、お金を借りる側(企業)は自社の事業内容、内部状況、将来の見通しなどを詳しく知っているのに対し、お金を貸す側(金融機関)は、どうしても外部から得られる情報が限られ、両者の間に情報の量や質に大きな格差がある状態を指します。この情報の非対称性が大きいと、金融機関は「もしかしたら、こちらが知らないリスクがあるのではないか?」という疑念を抱きやすくなり、融資判断に慎重にならざるを得ません。特に、無形資産や将来性といった「目に見えにくい価値」を評価する際には、この問題がより顕著になります。

コベナンツは、この情報の非対称性を解消し、企業と金融機関の間の相互理解を深めるための非常に有効な仕組みです。

  • 定期的な情報提供の義務化: 例えば、「毎月〇日までに月次試算表を提出する」「四半期ごとに事業計画の進捗状況を報告書で提出する」といった取り決めにより、金融機関は企業の最新の状況継続的に把握することができます。これにより、「しばらく連絡がないけれど、あの会社は大丈夫だろうか?」といった不安が軽減されます。
  • 特定の指標のモニタリング: 例えば、「主要商品の販売数量」「新規顧客獲得数」「ウェブサイトへのアクセス数」など、事業計画の達成度を測る上で重要なKPI(重要業績評価指標)を定め、その推移を共有することで、金融機関は事業の実態をより具体的に理解することができます。単なる財務数値だけでは見えない、**事業の”体温”**のようなものを感じ取ることができるのです。
  • 事前協議・承認条項: 例えば、「〇〇円以上の設備投資を行う場合」「新規事業を開始する場合」「M&Aを行う場合」など、企業の将来に大きな影響を与える可能性のある重要な意思決定について、事前に金融機関に相談または承認を得ることを求めます。これは、金融機関が予期せぬリスクに晒されることを防ぐと同時に、企業にとっては、重要な局面で金融機関から専門的なアドバイスを得たり、資金調達の相談をしたりする良い機会にもなります。

これらの取り決めを通じて、金融機関は企業の状況をタイムリーかつ多角的に把握できるようになり、「見えないリスク」への不安が軽減され、より安心して企業を支援できるようになります。一方、企業側も、自社の状況や考えていることをオープンに共有し、重要な局面で金融機関に相談することで、良きアドバイザーとしてのサポートを得やすくなり、孤独な経営判断から解放される側面もあります。

このように、コベナンツは、単に情報を一方的に吸い上げるためのものではありません。双方向のコミュニケーションを促し、透明性を高め、結果として企業と金融機関・支援者の間の信頼関係をより強固なものにしていくための、極めて重要な役割を担っているのです。

では、実際にコベナンツを設計する際には、どのような点に注意すればよいのでしょうか? 次のセクションで、その具体的なポイントを見ていきましょう。

失敗しないコベナンツ設計の要諦

コベナンツが、これまで見てきたようなポジティブな役割を果たし、企業と金融機関・支援者の双方にとって真に価値あるものとなるためには、その「設計」、つまり「どのような約束事を、どのように設定するか」が極めて重要です。設計を誤ると、せっかくのコベナンツが形骸化してしまったり、あるいは逆に企業の成長を阻害する足枷になってしまったりする危険性すらあります。「生かす担保」を機能させ、企業の成長エンジンとするためのコベナンツ設計には、いくつかの重要な「要諦」があります。

画一的ではなく、企業の状況に合わせた”オーダーメイド”

まず、最も大切なことは、「どの企業にも同じコベナンツ」という発想を捨てることです。金融機関によっては、リスク管理の観点から標準的なコベナンツのテンプレートを用意している場合もあるかもしれません。しかし、それをそのまま全ての企業に当てはめるのは、多くの場合、適切ではありません。なぜなら、企業の状況は一社一社、全く異なるからです。

  • 企業の負担を現実的に考慮する: 例えば、経理担当者が社長一人しかいないような小規模企業に対して、「毎月5営業日以内に詳細な部門別損益計算書を提出すること」を求めても、それは現実的ではありません。企業の管理体制のレベル人員体制を十分に考慮し、「頑張れば達成できる」範囲の報告頻度や内容を設定する必要があります。最初から完璧を目指すのではなく、企業の成長に合わせて段階的に管理レベルを引き上げていく、という視点も重要です。
  • 事業の特性と重要ポイント(KSF)に焦点を当てる: その企業のビジネスモデル業界特性にとって、業績を左右する本当に重要な要素(Key Success Factor: KSF)は何なのかを見極め、それに関連する指標を重点的にモニタリングすることが効果的です。例えば、季節変動の大きな事業であれば、単純な月次売上よりも前年同月比や累計進捗率の方が重要かもしれません。研究開発型の企業であれば、短期的な利益よりも開発マイルストーンの達成度の方が重要な指標となるでしょう。重要でない指標をいくつも並べても、管理の手間が増えるだけで、本質的な議論には繋がりません。
  • 企業の成長ステージを考慮する: 創業期の企業と、安定期の企業、成熟期の企業では、重視すべき経営指標や課題は異なります。例えば、創業期であれば売上高の伸び顧客獲得数が最重要かもしれませんが、安定期に入れば利益率キャッシュフローの安定性がより重要になるでしょう。企業の成長ステージに合わせて、コベナンツの内容も柔軟に見直していく必要があります。

画一的な”既製服”ではなく、その企業の体型や目的にぴったり合った”オーダーメイドのスーツ”としてコベナンツを設計する。その意識を持つことが、実効性のあるコベナンツを生み出す第一歩です。

では、その”オーダーメイド”の設計は、どのように進めていけばよいのでしょうか?

「対話」を通じた目標設定と指標の具体化

”オーダーメイド”で、かつ企業にとって”腹落ち感”のあるコベナンツを設計するための鍵は、やはり「対話」です。金融機関や支援者が一方的に条件を提示するのではなく、企業(経営者)と膝詰めで話し合い、共に目標を設定し、具体的な指標や条件を合意していくプロセスが不可欠です。

  • 事業計画との徹底的な連動: 第3回で作成した「事業価値評価レポート」は、ここでも重要な役割を果たします。コベナンツで設定する目標やモニタリング指標は、レポートに描かれた事業計画将来キャッシュフロー計画完全に連動している必要があります。「なぜこの指標を追うのか?」「この目標数値を達成することが、計画全体の成功にとってどういう意味を持つのか?」を、経営者自身が深く理解し、納得していることが、コベナンツ遵守へのモチベーションを高める上で極めて重要です。「やらされ感」ではなく、「自分たちの目標達成のための道標」として捉えてもらうことが大切です。
  • SMARTな指標の設定: モニタリングする指標は、具体的(Specific)で、測定可能(Measurable*で、達成可能(Achievable)であり、事業計画と関連性があり(Relevant)、かつ期限が明確(Time-bound)である、いわゆる「SMART」な基準を満たすように設定することが望ましいです。例えば、「顧客満足度向上」ではなく、「〇月末までに顧客アンケートの満足度評価で平均〇点以上を獲得する」といった具体的な指標を設定します。これにより、進捗状況の評価が客観的になり、具体的なアクションにも繋がりやすくなります。
  • 目標水準の適切な設定: 設定する目標水準は、現実的に達成可能な範囲でなければ、早々に形骸化してしまいます。しかし、同時に、現状維持で簡単にクリアできるような低い目標では、成長へのインセンティブになりません。過去の実績、市場環境、そして事業計画における挑戦目標などを考慮し、「少し背伸びすれば手が届く*ような、適度なストレッチを含んだ目標設定が、企業の成長を促す上で効果的です。
  • 報告・協議の”運用ルール”の明確化: 「何を」「いつまでに」「誰に」「どのような形式で」報告するのか。そして、その報告に基づいて、「いつ」「誰が」「どのようなアジェンダで」協議を行うのか。こうした具体的な運用ルールについても、事前に明確に合意しておくことが、コベナンツをスムーズに機能させる上で重要です。「とりあえずやってみましょう」ではなく、最初の段階で運用方法を具体的に決めておくことが、後の形骸化を防ぎます。

この「対話」「合意形成」のプロセスには、時間と労力がかかります。しかし、ここを丁寧に行うことで、コベナンツは、金融機関から押し付けられた”監視ツール”ではなく、企業が自らの意思でコミットした”成長への羅針盤”へと変わるのです。このプロセス自体が、企業と金融機関・支援者の間の信頼関係を深める貴重な機会にもなります。

では、具体的にどのような項目がコベナンツとして設定されることが多いのでしょうか? 次のサブセクションで、一般的な例と留意点を見ていきましょう。

書籍に学ぶ具体例(財務・非財務)と留意点

実際にコベナンツを設計する際には、どのような項目を検討すればよいのでしょうか? 書籍『企業価値担保権入門』でも具体例が紹介されていますが、ここでは一般的な財務コベナンツと非財務コベナンツの例、そして設計・運用にあたっての留意点を整理してみましょう。もちろん、これらはあくまで例であり、前述の通り、個々の企業の状況に合わせてカスタマイズすることが大前提です。

<一般的なコベナンツの例>

  • 財務コベナンツ(企業の財務状況に関する約束):
    • 収益性:
      • 売上高 〇〇円以上 維持
      • 営業利益(又はEBITDA) 〇〇円以上 維持 / 黒字 維持
      • 売上高総利益率 〇%以上 維持
    • 安全性:
      • 自己資本比率 〇%以上 維持 / 純資産額 〇〇円以上 維持
      • 有利子負債 / EBITDA 倍率 〇倍以下 維持
      • DSR(Debt Service Coverage Ratio: 元利金返済カバー率) 〇倍以上 維持
    • キャッシュフロー:
      • 営業キャッシュフロー 黒字 維持
      • フリーキャッシュフロー 〇〇円以上 維持
  • 非財務コベナンツ(企業の行動や報告に関する約束):
    • 報告・情報提供義務:
      • 月次試算表を翌月〇日までに提出
      • 四半期ごとに事業計画の進捗状況報告書を提出
      • 年次決算報告書及び税務申告書(写)を〇日以内に提出
      • 重要な訴訟や行政処分等が発生した場合の即時報告
    • 資産保全・処分制限:
      • 一定額(〇〇円以上)以上の資産(特に事業用資産)の売却、担保提供、賃貸借を行う場合の事前承認
      • 増資・減資・合併・会社分割・事業譲渡等の組織再編行為を行う場合の事前承認
    • 経営体制に関するもの:
      • 代表者や役員の変更、主要株主の変更に関する事前通知または承認
      • 主要な経営陣(キーマン)が退職しないこと
    • 事業活動に関するもの:
      • 事業活動に必要な許認可等を維持すること
      • 主力事業からの撤退や大幅な変更を行う場合の事前承認
      • 反社会的勢力との関係を一切持たないこと

これらの項目の中から、企業の状況、事業計画の内容、金融機関のリスク許容度などを総合的に勘案し、必要最低限かつ最も効果的な組み合わせを選び出すことが重要です。

<設計・運用上の留意点>

  • ポジティブ・コベナンツとネガティブ・コベナンツ: 上記の例で言うと、財務指標の維持や報告義務のように「~すること」を求めるものをポジティブ・コベナンツ、資産処分制限や事業撤退制限のように「~しないこと」を求めるものをネガティブ・コベナンツと呼びます。一般的に、企業の成長を促す観点からはポジティブ・コベナンツを重視しつつ、リスク管理の観点から必要なネガティブ・コベナンツを組み合わせる、といったバランスが考えられます。
  • 違反した場合の措置(Remedy): コベナンツに違反した場合に、どのような措置を取るのかを、事前に明確かつ段階的に定めておく必要があります。例えば、「軽微な違反の場合は、まず改善計画の提出を求める」「重大な違反が是正されない場合は、金利を引き上げる」「〇回連続で違反した場合は、期限の利益を喪失する(=残額の一括返済を求めることができる)」といった形です。ただし、企業価値担保権の「生かす担保」という趣旨を踏まえれば、違反=即ペナルティという発想ではなく、まずは対話を通じて原因を究明し、改善策を共に検討するという柔軟な運用が基本となるべきでしょう。契約書には定めつつも、実際の運用では状況に応じた判断が求められます。
  • 過度に保守的になりすぎない: 金融機関としては、リスクを最大限抑えたいという思いから、非常に厳しい条件を設定したくなるかもしれません。しかし、あまりに厳しいコベナンツは、企業の機動的な経営判断を妨げ、思い切った挑戦を萎縮させ、かえって成長の足枷となる可能性があります。リスク管理成長支援最適なバランスを見つけることが、コベナンツ設計における腕の見せ所と言えるでしょう。

コベナンツは、一度設定したら終わりではありません。むしろ、設定してからが本当のスタートです。次のセクションでは、設定したコベナンツをどのように運用し、モニタリングを通じて伴走支援に繋げていくのか、その実務について詳しく見ていきましょう。

モニタリング体制構築の実務 – ”見守り”から積極的な”関与”へ

コベナンツを設定した後のモニタリングは、単に「約束が守られているか?」をチェックする”監視”ではありません。企業価値担保権の「生かす担保」という思想に基づけば、モニタリングは、企業が計画通りに成長軌道を進んでいるかを確認し、もし課題が見つかれば早期に手を差し伸べ、共に解決策を探っていくための、建設的なプロセスであるべきです。それは、受動的な”見守り”ではなく、能動的な”関与”と言い換えることができます。

この”関与”を実効性のあるものにするためには、いくつかの重要な仕組みと心構えが必要です。具体的に見ていきましょう。

管理会計導入支援とKPI設定のポイント

効果的なモニタリングの大前提となるのが、企業の経営状況タイムリーかつ正確に把握できる「仕組み」です。多くの日本の中小企業では、年に一度の決算(税務会計)はしっかり行っていても、自社の”今”の状況をリアルタイムで把握するための「管理会計」の仕組みが十分に整備されていないケースが少なくありません。これでは、計画と実績の比較や、早期の異変察知は困難です。

  • なぜ管理会計が必要なのか?:
    • タイムリーな状況把握: 税務会計(決算書)は過去の結果を示すものですが、管理会計は「今月どれだけ儲かったか」「どの商品(事業)が足を引っ張っているか」といった”今”の状況を把握するためのものです。これにより、経営者は迅速な意思決定が可能になります。
    • 計画達成度の測定: 事業計画で設定した目標(売上、利益、コストなど)に対して、実績がどうなっているのかを定期的に比較・分析することができます。これが、コベナンツで定めた財務指標のモニタリングにも直結します。
    • 意思決定への活用: 部門別、製品別、顧客別など、より詳細な切り口で損益を把握することで、「どの分野に注力すべきか」「どこにコスト削減の余地があるか」といった具体的な経営判断に役立つ情報が得られます。
  • 支援者の役割としての導入支援:多くの中小企業にとって、本格的な管理会計システムの導入はハードルが高いかもしれません。私たち支援者は、企業の規模やITリテラシー、管理体制に合わせて、現実的で継続可能な仕組み作りをサポートすることが重要です。
    • スモールスタート: 最初から完璧を目指すのではなく、まずはExcelなどを活用したシンプルな月次損益計算の仕組み作りから始める、といったスモールスタートが有効です。「まずは売上と主要なコストだけでも、毎月把握できるようにしましょう」といったアプローチです。
    • 既存データの活用: 会計ソフトのデータや販売管理システムのデータなど、既に企業が持っている情報を有効活用する方法を一緒に考えます。二重入力の手間を避け、現場の負担を増やさない工夫が大切です。
    • ”腹落ち感”の醸成: なぜ管理会計が必要なのか、導入することで経営にどんないいことがあるのかを、経営者や担当者に丁寧に説明し、納得感を持ってもらうことが、継続的な運用の鍵となります。単に「コベナンツで必要だから」という理由だけでは、形骸化しやすくなります。「これを活用すれば、もっと儲かる経営ができますよ」というメリットを伝えることが重要です。
  • KPI(重要業績評価指標)設定のポイント:管理会計の仕組みと合わせて重要になるのが、KPI(Key Performance Indicator)の設定です。これは、事業計画の達成度を測るための”羅針盤”となる指標です。
    • 事業計画との連動: KPIは、第3回で作成した事業計画や、その根幹にある無形資産密接に関連付けられている必要があります。「なぜこの指標を追うことが、計画達成に繋がるのか?」が明確でなければなりません。例えば、「技術力の向上」を目指すなら、「新製品開発の進捗度」や「特許取得数」などがKPI候補になります。
    • 財務指標と非財務指標のバランス: 売上高や利益率といった財務指標(結果指標)だけでなく、事業の先行指標となり得る非財務指標(プロセス指標)(例:新規顧客獲得数、リピート率、製造リードタイム、従業員定着率、顧客満足度など)もバランス良く設定することが重要です。特に、無形資産(技術力、顧客基盤、人材など)の状況を示す非財務KPIは、企業価値担保権のモニタリングにおいて非常に有効です。「結果」だけでなく、その「結果」を生み出すための”活動”が計画通りに進んでいるかを測る視点が必要です。
    • 具体的かつ測定可能: 「頑張る」ではなく、「新規Web問合せ数 〇件/月」「製品Aの不良品率 〇%以下」のように、具体的客観的に測定可能な指標を設定します。誰がいつ見ても同じように判断できることが重要です。
    • 数は絞り込む: KPIは多すぎると管理が煩雑になり、焦点がぼやけます。「あれもこれも重要だ」となりがちですが、本当に重要な指標数個(多くても5~10個程度)に絞り込むことが、効果的な運用のコツです。「この指標さえ見ていれば、事業の大まかな健康状態がわかる」というレベルを目指します。
    • 企業との合意: KPIも、コベナンツの他の項目と同様に、支援者が一方的に決めるのではなく、企業との対話を通じて、共に設定していくプロセスが重要です。「なぜこの指標が重要なのか」を共有し、納得感を持って目標達成に取り組めるようにします。

このように、管理会計の導入支援と適切なKPI設定を通じて、企業の”今””未来への進捗”見える化すること。それが、効果的なモニタリングと伴走支援の揺るぎない土台となるのです。

では、見える化された情報を、どのように共有し、対話に繋げていくのでしょうか? 次のサブセクションで、そのための「場」について考えます。

定例報告会の効果的な運営(対話の場の設計)

管理会計やKPIによって経営状況が見える化されても、その情報が共有され、対話を通じて次のアクションに繋がらなければ意味がありません。コベナンツで定められた定期的な報告義務を、単なる「書類提出」で終わらせず、企業と金融機関・支援者が共に未来を創るための建設的な「対話の場」へと昇華させること。それが、定例報告会(あるいはモニタリング会議、進捗確認会など、名称は様々です)の最も重要な役割です。

  • 目的:
    • コベナンツで定められた財務指標KPI達成状況共に確認する。
    • 事業計画と実績のギャップ(差異)とその原因客観的に分析・共有する。(なぜそうなったのか?)
    • 今後の見通し潜在的なリスク(このままだとどうなりそうか?)について率直に意見交換を行う。
    • 必要な軌道修正追加支援(次はどうするか?)について共に検討し、合意形成を図る。
    • 定期的なコミュニケーションを通じて、企業と金融機関・支援者の信頼関係を維持・深化させる。
  • 効果的な運営のポイント:
    • 明確なアジェンダ設定と事前準備: 事前に「今回の報告会の目的は何か」「特に議論したい点は何か」というアジェンダを明確にし、企業側・支援者側双方で必要な資料(月次試算表、KPI実績、市場動向レポートなど)を準備して臨みます。これにより、限られた時間を有効活用し、深い議論が可能になります。単なる数字の読み上げに終始しないよう、**「議論したいこと」**を明確にしておくことが重要です。
    • ”結果”だけでなく”プロセス”と”未来”に焦点を当てる: 「売上が計画未達でした」という”結果”の報告だけで終わらせず、「なぜ未達だったのか?(例:競合の新商品、営業担当者の不足など)」「その原因を踏まえて、今どんな対策を打っているのか?」「今後、状況を改善するために何が必要か?」といった、”原因分析(プロセス)””今後の対策(未来)”に議論の重心を置きます。決して”犯人捜し””言い訳”の場にするのではなく、”学びと改善”のための前向きな議論を心がけます。
    • 心理的安全性の確保と双方向コミュニケーション: 報告会が、金融機関が企業を一方的に”査定”する場になってしまうと、企業側は萎縮し、本音を話しにくくなります。支援者は、傾聴の姿勢を忘れず、まずは企業の努力成果を認め、労うことから始めましょう。そして、「何か困っていることはありませんか?」「私たちにできることはありますか?」といった問いかけを通じて、企業が安心して課題や悩みを打ち明けられる雰囲気を作ることが重要です。双方向の活発な意見交換こそが、新たな気づきや解決策を生み出します。
    • 適切な参加者の選定: 経営トップだけでなく、議論に必要な現場のキーパーソン(経理担当者、営業部長、製造部長など)にも参加してもらうことで、より具体的で実効性のある議論が可能になります。また、現場担当者にとっても、自部門の状況を経営層や外部支援者に直接説明する良い機会となり、当事者意識モチベーションの向上に繋がる可能性があります。
    • 議事録とネクストアクションの明確化: 議論した内容、決定事項、そして「誰が」「いつまでに」「何をするのか」 といった具体的な次のアクションプランを明確にし、議事録として参加者全員で共有します。これにより、”やりっぱなし”を防ぎ、次回の報告会までの具体的な行動が促され、PDCAサイクル(計画→実行→評価→改善)が着実に回り始めます。

定例報告会は、コベナンツを”生きた約束”にするための、いわば”定期健康診断”であり”作戦会議”の場です。この場をいかに建設的前向きなものにできるかが、伴走支援の成否を大きく左右します。私たち支援者は、単なる報告の受け手や評価者ではなく、議論を活性化し、合意形成をサポートする「対話のファシリテーター」としての役割を強く意識することが求められます。

そして、この定期的な対話を通じて、私たちは重要なサインを捉え、早期に対応することが可能になります。

早期の異変察知と軌道修正支援(予兆管理)

コベナンツに基づくモニタリング体制が持つ最大の価値の一つが、「予兆管理」、つまり事業が悪化する”兆し”をできるだけ早い段階で察知し、深刻な事態に陥る前に対策を講じることが可能になる点です。これは、企業価値担保権の「生かす担保」という思想を実践し、融資の焦げ付きを防ぐだけでなく、企業の持続的な成長を支える上で、極めて重要な機能です。

  • 何を「異変」として捉えるか? – アンテナの感度を高める:もちろん、コベナンツで設定した財務指標やKPIが目標値を下回ったり、悪化傾向を示したりする場合は、明確なアラートです。しかし、多くの場合、数字に明確な変化が現れる前段階で、様々な”予兆”が現れています。私たち支援者は、アンテナの感度を高め、これらの微細なサインを見逃さないように努める必要があります。
    • 定性的な情報:
      • 定例報告会での経営者の表情の変化(以前より元気がない、目が合わないなど)発言のトーンの変化(弱気な発言が増えた、具体的な説明を避けるようになったなど)現場からの懸念の声(従業員の離職が増えた、職場の雰囲気が悪いなど)主要取引先との関係性の変化(取引量の減少、クレームの増加など)業界内でのネガティブな噂評判の変化
      計画との”微妙な”乖離:
      • 売上目標は達成しているが、利益率が計画より大幅に低い(値引き競争に巻き込まれている?)コストが想定以上に膨らんでいる(非効率な業務プロセスがある?)新規顧客獲得数は多いが、リピート率が低い(顧客満足度に問題がある?)従業員の残業時間が常態化している(業務負荷が高すぎる? 人材育成が追いついていない?)
      外部環境の”静かな”変化:
      • 競合他社が新しい技術やサービスを発表した規制緩和法改正の動きがあり、自社のビジネスモデルに影響が出る可能性がある原材料価格為替がじわじわと変動している
    これら「数字には直接表れにくい変化」「計画との小さなズレ」早期に気づき、「何かおかしいぞ?」と感じ取る”嗅覚”こそが、予兆管理の第一歩です。そのためにも、定例報告会だけでなく、日常的なコミュニケーションを通じて企業の”体温”を感じ取ることが重要になります。
  • 異変を察知したらどう動くか? – 早期発見・早期治療:重要なのは、異変のサインを捉えた際に、すぐに「コベナンツ違反だ!」「やはりこの会社は危ない!」といったネガティブな結論に飛びつくのではなく、まずは冷静に事実を確認し、「なぜそうなっているのか?」という原因究明のための対話を速やかに始めることです。
    • 事実確認と深掘り: まずは経営者や現場担当者から、具体的な状況丁寧にヒアリングします。「売上が落ちているのは、どの商品ですか?」「コストが増えているのは、どの費目ですか?」といった具体的な問いを通じて、問題の核心に迫ります。一時的な要因(例:大口顧客の一時的な発注減)なのか、構造的な問題(例:製品競争力の低下)なのかを見極めることが重要です。
    • 共に解決策を模索: 原因がある程度特定できたら、一方的に改善策を指示するのではなく、「どうすればこの状況を乗り越えられるか?」を企業と一緒になって考えます。私たち金融機関・支援者が持つ知見(過去の事例、他社の取り組みなど)やネットワーク(他の専門家、補助金情報、販路紹介など)を惜しみなく提供し、具体的な解決策(軌道修正案)の立案をサポートします。ブレインストーミングなど、共に汗をかく姿勢が求められます。
    • 計画の見直しと再合意: 状況によっては、当初の事業計画コベナンツ見直しが必要になる場合もあります。外部環境の急変など、企業努力だけではどうにもならない要因も考慮する必要があります。ただし、安易な目標引き下げではなく、新たな状況を踏まえた上で実現可能な目標再設定し、その達成に向けた新たなコミットメント(約束)を企業と改めて合意することが重要です。
    • 必要に応じた追加支援: 早期に状況を把握できていれば、より柔軟効果的追加支援を検討する時間的余裕が生まれます。例えば、一時的な資金繰り悪化に対しては条件変更ブリッジ融資、特定の課題解決のためには専門家の派遣、新たな販路開拓のためのビジネスマッチングなど、状況に応じた最適なサポートを提供しやすくなります。
  • 支援者の心構え – 「監視者」ではなく「かかりつけ医」:予兆管理において、私たち支援者は、企業の粗探しをする「監視者」や「評価者」ではありません。企業の”健康状態”を常に気にかけ、定期的に”診察”(=モニタリング)し、少しでも体調が悪そうなサイン(=異変の予兆)を見つけたら、早めに声をかけ(=対話)、親身になって相談に乗り、重症化する前に適切な”治療”(=経営改善支援)を施す、いわば「かかりつけ医」のような存在であるべきです。この早期発見・早期治療の姿勢こそが、融資の焦げ付きを防ぐだけでなく、企業が致命的な状況に陥ることを未然に防ぎ”生かす”ことに繋がるのです。もちろん、あらゆる努力を尽くしても改善が見込めない、あるいは経営者自身に改善の意思がない、といった残念なケースも想定しておく必要はあります。しかし、まずは「共に乗り越える」「何とか立て直す」というポジティブなスタンスで臨むことが、企業との信頼関係を維持し、伴走支援を成功させるための基本となるでしょう。

このように、管理会計とKPIによる状況の見える化、定例報告会という対話の場の設計、そして早期の異変察知と軌道修正支援。これらが三位一体となって機能することで、コベナンツは単なる契約上の条項を超え、企業価値担保権を核とした伴走支援体制実質的な中身となるのです。

しかし、この高度な伴走支援を、金融機関だけで、あるいは中小企業診断士だけで完結させるのは容易ではありません。次に、それぞれの強みを活かした連携プレーの重要性について考えていきましょう。

金融機関・支援者の連携プレー – それぞれの強みを活かす

企業価値担保権を活用した融資とその後の伴走支援において、金融機関と中小企業診断士は、それぞれ異なる、しかし相互に補完し合う重要な役割を担います。お互いの専門性や立場を理解し、尊重し合うことが、効果的な連携の第一歩です。具体的に、それぞれの強みと役割分担を見ていきましょう。

金融機関:資金供給、財務分析、リスク管理

まず、金融機関の皆様の役割です。言うまでもなく、企業価値担保権活用の中心的なプレイヤーとなります。

  • 資金供給機能:企業の成長戦略を実現するための資金を提供する、最も基本的な役割です。企業価値担保権という新しい選択肢を活用し、これまで融資が難しかった企業に対しても、リスクを適切に評価した上で成長資金を供給することが期待されます。
  • 高度な財務分析力:長年の融資実務を通じて培われた財務諸表の分析能力は、事業計画や将来キャッシュフロー計画の妥当性を評価する上で不可欠です。特に、資金繰りや投資採算性といった観点からの専門的なチェックは、計画の実現可能性を高める上で重要な役割を果たします。
  • リスク管理のノハウ:融資に伴う様々なリスク(信用リスク、市場リスクなど)を評価し、管理するノウハウを持っています。コベナンツの設計においても、金融機関としてのリスク許容度を踏まえた適切な条件設定を行うことが求められます。また、万が一、事業が悪化した場合の再生支援や債権管理に関する経験も豊富です。
  • 地域における信頼とネットワーク:地域に根差した金融機関は、多くの場合、企業にとって最も身近で信頼できる相談相手です。長年の取引を通じて築かれた人間関係や、地域内の他の企業や専門家とのネットワークも、伴走支援を進める上で大きな強みとなります。

金融機関は、これらの強みを活かし、単なる資金の出し手としてだけでなく、企業の財務的な側面を中心に、リスク管理成長支援のバランスを取りながら伴走していく役割を担います。

中小企業診断士:経営戦略、事業計画実行支援、専門知識(業種別等)

次に、私たち中小企業診断士のような外部の経営専門家の役割です。金融機関とは異なる視点やスキルで、連携プレーに貢献します。

  • 経営戦略・事業計画策定の専門性:企業の内部環境(強み・弱み)と外部環境(機会・脅威)を分析し、実現可能な成長戦略を描き出す専門家です。第3回で見た「無形資産の可死化」や「事業価値評価レポート」の作成プロセスにおいて、その能力を最大限に発揮します。経営者の想いを具体的な計画に落とし込み、ストーリーとして構築する役割を担います。
  • 事業計画の”実行”支援:計画を作るだけでなく、それが現場で確実に実行されるようにサポートするのも重要な役割です。マーケティング施策の具体化、生産プロセスの改善、組織体制の見直し、IT導入支援など、計画の実行段階で生じる様々な経営課題に対して、具体的な解決策を提示し、実行を伴走します。
  • 多様な専門知識(業種別・機能別):中小企業診断士は、経営全般の知識に加え、それぞれの得意分野(特定の業種、マーケティング、人事、IT、事業承継など)を持っています。「業種別対話ファシリテーター」のように、特定の分野に関する深い知見を提供することで、より専門的で質の高い支援を可能にします。金融機関の担当者が必ずしも詳しくない分野を補完する役割を果たします。
  • 第三者としての客観性と触媒機能:企業の内部の人間でもなく、直接的な債権者でもない第三者という立場だからこそ、客観的な視点で物事を見ることができます。時には、経営者にとって耳の痛い指摘をしたり、金融機関と企業の間のコミュニケーションの”潤滑油”となったりする「触媒」としての役割も期待されます。

中小企業診断士は、これらの強みを活かし、企業の経営戦略事業運営の側面を中心に、計画策定から実行まで専門的な知見客観的な視点でサポートしていく役割を担います。

このように、金融機関と中小企業診断士は、それぞれ異なる専門性と強みを持っています。この両者が互いを尊重し、情報を共有し、役割分担をしながら一つのチームとして企業を支援していくこと。それこそが、企業価値担保権時代の伴走支援を成功させるための理想的な姿です。

では、この理想的な連携を、どのようにして日常的な実務レベルで実現していくのでしょうか?

「ひょうご事業金融推進協議会(仮称)」を通じた連携深化

金融機関と中小企業診断士が効果的に連携するためには、個々の案件での協力だけでなく、日常的なコミュニケーション相互理解を深めるための「場」が必要です。その役割を期待されるのが、第2回でご紹介した『ひょうご事業金融推進協議会(仮称)』です。

この協議会は、単に連携の重要性を確認し合うだけでなく、具体的な連携を促進するための実務的な機能を持つことを目指します。

  • 顔の見える関係作り: 定期的に金融機関の担当者と中小企業診断士が顔を合わせる機会を持つことで、個人的な信頼関係を築きやすくなります。「あの銀行の〇〇さんなら、こういう相談ができそうだ」「この診断士の先生は、△△分野に詳しそうだ」といった”顔の見えるネットワーク”が、いざという時の連携をスムーズにします。
  • 相互理解の促進: それぞれの立場専門性業務上の制約などについて、相互に理解を深めるための情報交換や勉強会を行います。例えば、金融機関側は診断士の支援プロセスやレポートの活用方法を学び、診断士側は金融機関の融資判断プロセスやリスク管理の考え方を学ぶ、といった機会を持つことが有効です。
  • 連携事例の共有とベストプラクティスの模索: 実際に連携してうまくいった成功事例や、逆に連携する上で難しかった点などを共有し、より良い連携のあり方(ベストプラクティス)を共に模索していきます。「こういう情報共有が有効だった」「こういう役割分担がスムーズだった」といった具体的な知見を蓄積・共有することで、地域全体の連携レベルを高めていきます。
  • 「業種別対話ファシリテーター」とのマッチング: 協議会を通じて認定ファシリテーターのリストが共有されれば、金融機関は、支援が必要な企業の業種や課題に応じて、最適な専門家(中小企業診断士など)を見つけやすくなります。これにより、質の高い専門家とのマッチングが促進され、連携の効果が最大化されます。

このように、『ひょうご事業金融推進協議会』は、金融機関と支援専門家が日常的に繋がり、互いに学び合い、具体的な連携を生み出していくための重要なプラットフォームとなることが期待されます。この協議会が活発に機能することが、「兵庫モデル」を成功させるための鍵の一つとなるでしょう。

さて、効果的な伴走支援のためには、連携体制だけでなく、それを担う私たち支援者自身のスキルや心構えも重要になります。次に、伴走支援者に求められる覚悟とスキルについて考えていきましょう。

伴走支援者に求められる覚悟とスキル

企業価値担保権時代の伴走支援者は、単なる資金の貸し手やアドバイザーではありません。企業の未来を共に創り、成長の道のりを隣で支え続ける「パートナー」としての役割が期待されます。そのためには、テクニカルなスキルだけでなく、人間的な資質や強い意志も不可欠となります。

事業への深い共感とコミットメント

まず、何よりも大切なのが、支援対象となる企業の事業、そしてそこで働く人々に対する深い共感と、その成長に対する強いコミットメント(関与する覚悟)です。

  • 「自分ごと」として捉える: 支援する企業の成功を、まるで自分の会社の成功のように喜び、課題に直面した時には自分のことのように悩み、解決策を模索する。そのような「当事者意識」を持つことが、真の伴走支援の出発点です。表面的な数字やデータだけでなく、その事業が持つ独自の価値社会的な意義、経営者や従業員の想い共感する心が、困難な局面でも支援を続ける原動力となります。
  • 長期的な視点: 伴走支援は、短期的な成果を求めるものではありません。企業の成長には時間がかかりますし、時には予期せぬ困難にも直面します。目先の業績変動に一喜一憂するのではなく、長期的な視点で企業の可能性を信じ、粘り強く関わり続ける覚悟が必要です。「この会社と一緒に、〇年後にはこんな姿になっていたい」という未来像を共有し、そこに至るまでの道のりを共に歩むパートナーとしてのスタンスが求められます。
  • 信頼関係の基盤: このような共感とコミットメントは、企業との強固な信頼関係を築く上での基盤となります。「この人は、本当に私たちのことを考えてくれている」「この人になら、厳しい状況も正直に話せる」と感じてもらえて初めて、本音での対話が可能になり、効果的な支援が実現するのです。

テクニックだけでは、人の心は動きません。支援する企業への熱い想い揺るぎないコミットメント。それこそが、伴走支援者にとって最も重要な資質と言えるでしょう。

多角的な分析力と課題解決提案力

強い想いだけでは、具体的な成果には繋がりません。伴走支援者には、企業の状況を冷静かつ客観的に分析し、的確な課題を見つけ出し、実現可能な解決策を提示する能力も不可欠です。

  • 多角的な分析力:財務諸表を読み解く力はもちろん重要ですが、それだけでは不十分です。市場の動向、競合の戦略、顧客の声、社内の組織体制、従業員のモチベーション、技術の将来性など、財務情報と非財務情報の両面から、多角的に企業の現状と将来を分析する力が求められます。まさに、第3回で触れた「森を見る視点」です。様々な情報を関連付けながら、本質的な課題や潜在的なリスク、そして新たな成長の機会を見つけ出す洞察力が重要になります。
  • 課題解決提案力:分析によって課題が見つかったら、次は具体的な解決策を提案し、その実行をサポートする力が必要です。単に「〇〇が問題ですね」と指摘するだけでなく、「その問題を解決するために、△△という方法が考えられます。メリット・デメリットはこうで、最初のステップとしては□□から始めてみてはどうでしょうか?」といったように、具体的で現実的、かつ企業の状況に合わせた提案が求められます。必要であれば、外部の専門家(ITベンダー、弁護士、弁理士など)や公的な支援策(補助金、助成金など)を紹介するなど、幅広い選択肢を提示できることも重要です。
  • ストーリー構築力:分析結果や提案内容を、経営者が納得し、行動に移せるように、分かりやすく、論理的に伝える力も必要です。特に、企業価値担保権の活用においては、無形資産がどのように将来キャッシュフローに繋がるのか、そのストーリーを説得力をもって語れることが、金融機関内部や他のステークホルダーの理解を得る上でも重要になります。

これらのスキルは、一朝一夕に身につくものではありません。日々の業務を通じて経験を積み、研修などを通じて知識をアップデートし続ける継続的な努力が求められます。

そして、これらのスキルをさらに高いレベルに引き上げる上で、専門性の深化が鍵となります。

「業種別対話ファシリテーター」としての専門性

企業価値担保権時代の伴走支援において、特に重要度を増すのが「業種への深い理解」です。なぜなら、企業の「目に見えない価値(無形資産)」や「将来性」は、その企業が属する業界特有の文脈の中でしか、正しく評価することができないからです。

  • 業界構造・ビジネス慣行の理解: 例えば、製造業とサービス業では、重視すべきKPIも、キャッシュフローの特性も、競争環境も全く異なります。その業界ならではの成功要因リスク要因を深く理解していなければ、的確な事業性評価や伴走支援は困難です。
  • 無形資産の目利き力: 同じ「技術力」という無形資産でも、IT業界における技術力と、伝統工芸における技術力では、その性質も評価軸も異なります。その業種特有の無形資産(例えば、特定の業界でのみ通用するノウハウ、業界内でのネットワーク、規制への対応力など)を見抜く「目利き力」が求められます。
  • 専門用語でのコミュニケーション: 経営者との深い対話を行う上でも、その業界の「共通言語」を理解していることは、信頼関係を築き、本質的な議論を進める上で大きなアドバンテージとなります。

そこで期待されるのが、第2回でご紹介した『業種別対話ファシリテーター』の役割です。この制度は、私たち金融機関職員や中小企業診断士が、自身の得意分野関心のある業種について専門性を深め、その知見を対話(ファシリテーション)を通じて企業の価値創造に繋げていくことを目指すものです。

『業種別対話ファシリテーター』として認定されるレベルの専門性を身につけることは、

  • より質の高い伴走支援の実現: 企業の”業界内での立ち位置”を踏まえた、具体的で的確なアドバイスが可能になります。
  • 金融機関・支援者としての市場価値向上: 特定分野のプロフェッショナルとして、自身の専門性を高め、キャリアの幅を広げることに繋がります。
  • 地域内での連携促進: 認定ファシリテーターの知見が地域で共有されることで、兵庫県全体の支援レベルの底上げに貢献します。

もちろん、全ての支援者が全ての業種の専門家になる必要はありません。しかし、自らが強みを発揮できる分野を持ち、その専門性を磨き続けること。そして、必要に応じて他の専門家と連携すること。それが、企業価値担保権時代の伴走支援者に求められるプロフェッショナルな姿勢と言えるでしょう。

深い共感とコミットメントを土台に、多角的な分析力と課題解決提案力を駆使し、さらに業種への専門性を磨き続ける。それは決して簡単な道のりではありませんが、企業の成長を間近で支え、地域経済の未来を創る、非常にやりがいのある仕事であることは間違いありません。

まとめ:コベナンツと伴走支援は、企業と支援者の”成長物語”

今回の第4回では、企業価値担保権時代の融資後の関わり方、特に「コベナンツ」の設計と運用、そしてそれを核とした「伴走支援」の実践について掘り下げてきました。

コベナンツは、単なる契約上の制約ではなく、企業と金融機関・支援者が共通の目標に向かって進むための「道標」であり、「成長への約束」です。そして、その約束を”生きた”ものにするためには、管理会計やKPIによる「見える化」、定例報告会という「対話の場」、そして予兆管理に基づく「早期の関与」が不可欠であることを確認しました。

さらに、この高度な伴走支援は、金融機関中小企業診断士のような支援専門家が、それぞれの強みを活かし、連携することで、より大きな効果を発揮します。『ひょうご事業金融推進協議会』のような連携の”仕組み”と、『業種別対話ファシリテーター』のような”人財”育成が、その連携を後押しします。

そして最後に、私たち支援者自身に求められるのは、テクニカルなスキルだけでなく、企業への深い共感コミットメント、そして共に未来を創るという覚悟であることを再認識しました。

コベナンツの設定から始まるモニタリングと伴走支援のプロセス。それは、単に融資の回収可能性を高めるためだけのものではありません。企業が計画通りに、あるいは計画以上に成長していく”物語”を、支援者も登場人物の一人として共に紡いでいく、創造的でやりがいのある営みなのです。

その物語は、一社の成功に留まらず、やがて地域全体の活力へと繋がっていくはずです。

  • 次回予告:さあ、いよいよこのシリーズも最終回です。次回は、これまで見てきた企業価値担保権、そして「兵庫モデル」としての連携・伴走支援が、兵庫県の経済全体にどのようなインパクトをもたらし得るのか、そのポテンシャルと未来像を展望します。そして、新しい時代の支援者として、私たちが”兵庫プライド”を胸に、これから何をすべきか、その使命について共に考えていきたいと思います。『兵庫の未来が変わる!企業価値担保権が解き放つ地域経済のポテンシャルと私たちの使命』。どうぞご期待ください!

このサイトのすべての情報を調査研究した報告会を開催します!

【令和7年度 調査・研究事業 成果報告会】

  • 日時: 2025年11月14日(金) 14:00~16:00
  • 開催会場: 神戸市産業振興センター 会議室802+803
  • 参加費: 無料
  • 参加方法:
    1. 会場でのリアル参加
    2. Zoomでのオンライン参加+後日での動画視聴参加

    ※お申し込み時に、ご希望の参加方法をお選びいただけます。なお、当日発表内容に質問ができるのは、会場参加のみです。また会場参加は席に限り(30名)がございますので、お早めにお申し込みください。

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この記事を書いた人

銀行員時代に中小企業の倒産を目の当たりにし、「支援したい」という強い使命感から中小企業診断士として独立しました。25年の経験を活かし「神戸密着経営」を掲げ、地域に根差し現場に寄り添う伴走型支援を提供しています。このマガジンでは、財務改善や資金繰り支援に特化した実践的な事業性評価のポイント、そして最新情報を発信し、皆様の事業発展を全力でサポートします。

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