第3回:”価値”は見つけるものではなく”創り出す”もの – 新時代の羅針盤「事業価値評価レポート」作成の技法

第3回:”価値”は見つけるものではなく”創り出す”もの – 新時代の羅針盤「事業価値評価レポート」作成の技法

皆さん、こんにちは。事業性評価ツールマガジンのリーダーを務めております西口です。

前回の記事では、企業価値担保権という大きな変化の波に対応するため、兵庫県が目指すべき新しい支援の形、「新・兵庫モデル」についてご紹介しました。『ひょうご事業価値デザイン・成長実現プログラム』という具体的な支援策、そしてそれを支える『ひょうご事業金融推進協議会』や『業種別対話ファシリテーター』といった連携と人財育成の仕組み。これらが一体となることで、地域全体で中小企業の成長を力強く後押ししていく未来像を描きました。

素晴らしいプログラムや連携体制も、実際にそれを動かす「中身」が伴わなければ意味がありません。特に、企業価値担保権を活用した融資を実現するためには、その根拠となる「企業の価値」、とりわけこれまで評価が難しかった「目に見えない価値」を、いかにして的確に捉え、説得力のある形で示すかが、決定的に重要になります。

今回の第3回では、そのための具体的な「技法」に焦点を当てます。「兵庫モデル」の中核を担う『事業価値評価レポート』(仮称)を、どのように作成していくのか。それは単なる書類作成作業ではありません。企業の潜在能力を最大限に引き出し、金融機関と企業の双方にとっての”共通言語”を創り上げていくプロセスそのものです。

「価値」とは、ただそこにあるものを見つけるだけではなく、対話を通じて共に”創り出す”もの。そんな視点から、新しい時代の支援に不可欠な羅針盤となるレポート作成の核心に迫っていきましょう。

では、なぜ「共通言語」が必要なのか、そしてその「共通言語」とは具体的に何を指すのか、考えていきましょう。

目次

企業価値担保権時代の”共通言語” – 事業価値をどう示すか?

企業価値担保権という新しい融資手法が本格的に動き出す時代において、私たち金融機関や支援専門家と、融資を受ける企業との間で、「事業の価値」について共通の理解を持つことが、これまで以上に重要になります。なぜなら、この新しい担保制度は、まさにその「事業価値」そのものを評価し、融資の判断基準とするからです。

考えてみてください。企業側は「うちにはこんな素晴らしい技術がある」「長年のお得意様との強い絆がある」と、自社の強みを熱心に語ります。一方、金融機関側は「その技術が具体的にどう収益に繋がるのか?」「顧客との絆を客観的にどう評価すればいいのか?」と、具体的な根拠や将来の見通しを知りたいと考えます。両者の間で、「価値」に対する認識表現方法がずれていては、スムーズな意思疎通はできません。

従来の不動産担保であれば、「路線価」「鑑定評価額」といった、比較的客観的で共通認識を持ちやすい指標がありました。しかし、企業価値担保権の対象となる「事業全体の価値」、特に「無形資産」や「将来キャッシュフロー」については、まだ確立された共通の物差しがあるわけではありません。

だからこそ、私たちは新しい”共通言語”を作り上げていく必要があります。それは、

  • 企業の”目に見えない強み”を、誰もが理解できる具体的な言葉で表現し、
  • その強みが将来どのように収益(キャッシュフロー)を生み出すのかを、論理的で納得感のあるストーリーとして描き出し、
  • 可能であれば、その価値を客観的なデータや指標で裏付ける

ようなものです。

この”共通言語”がなければ、せっかく企業価値担保権という新しい道が拓かれても、企業は自社の価値を十分に伝えきれず、金融機関はリスクを恐れて融資に踏み切れない、という残念な状況が続いてしまいます。

『ひょうご事業価値デザイン・成長実現プログラム』で作成を目指す「事業価値評価レポート」は、まさにこの新しい”共通言語”そのもの、あるいはその翻訳機としての役割を果たすことを目指しています。このレポートを通じて、企業と金融機関が同じ目線で「事業価値」を語り合い、未来に向けた建設的な対話を進めていく。それこそが、企業価値担保権時代における円滑な金融仲介機能の実現に不可欠なのです。

では、その「事業価値」とは、具体的にどのような要素で構成されているのでしょうか? 次のセクションで、企業価値担保権の源泉となる「事業全体の価値」について、書籍『企業価値担保権入門』の内容も踏まえながら、さらに詳しく見ていきましょう。

担保の源泉:「事業全体の価値」とは何か?

企業価値担保権の最も革新的な点は、担保として捉える対象が、従来の「個別の資産」から「事業全体の価値」へと大きく広がったことにあります。では、この「事業全体の価値」とは、具体的に何を指すのでしょうか? これを理解することが、新しい融資手法を使いこなすための第一歩となります。参考書籍『企業価値担保権入門』の解説も紐解きながら、その核心に迫っていきましょう。

この新しい担保の考え方を理解するために、まずは法律でどのように定義されているか、そしてそれが具体的に何を意味するのかを見ていきます。

書籍『企業価値担保権入門』に学ぶ「総財産」と「将来キャッシュフロー」

書籍『企業価値担保権入門』を読むと、企業価値担保権の目的となる財産は、法律上「会社の総財産」であり、これには「将来において会社の財産に属するものを含む」と説明されています。これは非常に重要なポイントであり、従来の担保観を大きく変えるものです。

従来の担保、例えば不動産抵当権は、特定の土地や建物といった「今ここにある個別のモノ」を対象としていました。登記簿で特定され、評価額もある程度客観的に算定できる、いわば静的(スタティック)な資産が中心でした。

しかし、企業価値担保権が対象とする「総財産」は、もっとダイナミック(動的)な概念です。

  • 「総財産」とは?: これは、会社が持つ全ての財産を一体として捉える考え方です。土地、建物、機械設備といった目に見える有形資産はもちろん、売掛金や在庫といった日々変動する流動資産、さらには特許権やソフトウェアといった知的財産権なども含まれます。重要なのは、これらをバラバラの資産の寄せ集めとしてではなく、事業活動を行うための有機的なまとまりとして捉える点です。例えば、パン屋さんの価値は、オーブンや店舗(有形資産)だけでなく、美味しいパンのレシピ(ノウハウ)、常連客との関係(顧客基盤)、パン職人の技術(人的資産)などが一体となって初めて生まれます。企業価値担保権は、この「事業を営む仕組み全体」に目を向けるのです。
  • 「将来キャッシュフロー」を含む: さらに画期的なのは、この「総財産」には、事業活動から将来生み出されるであろうキャッシュフロー(事業が生み出すお金の流れ)、つまり「稼ぐ力」そのものが含まれる、という考え方です。これは、従来の「今あるモノの価値」を担保にする考え方とは全く異なります。企業が持つ様々な資産や強み(有形・無形問わず)が一体となって事業活動を行い、その結果として将来にわたって収益を生み出していく力。その「価値を生み出すエンジン全体」を担保として評価しよう、というのが企業価値担保権の根幹にある思想なのです。

つまり、企業価値担保権は、会社の「過去の蓄積(資産)」だけでなく、「未来への可能性(稼ぐ力)」をも担保の源泉として捉える、非常に未来志向の担保制度であると言えます。これは、成長意欲のある企業にとって大きなチャンスですが、同時に、私たち支援者にとっては、その「未来への可能性」をどうやって見抜き、評価するのか、という新しい挑戦でもあります。

しかし、「将来キャッシュフロー」や「稼ぐ力」と言っても、それは目に見えません。では、その源泉となっているものは何なのでしょうか? それこそが、次に説明する「無形資産」なのです。

なぜ「無形資産」の可視化が決定的に重要なのか

「将来キャッシュフロー」つまり「稼ぐ力」は、一体どこから生まれてくるのでしょうか? もちろん、工場や機械といった有形資産も、お金を生み出すために重要です。しかし、現代のビジネスにおいて、特に他社との差別化を図り、持続的な競争力を保つ上で、より重要性を増しているのが「目に見えない資産=無形資産です。

  • 無形資産とは?: 具体的にイメージしてみましょう。
    • 他社には真似できない独自の技術製造ノウハウ
    • 長年の信頼関係で結ばれた顧客基盤販売チャネル
    • 地域で親しまれ、愛されているブランドイメージ暖簾(のれん)
    • 従業員一人ひとりが持つ専門スキルや、組織としてのチームワーク企業文化
    • 効率的に業務を進めるための独自のビジネスプロセス情報システム
    • 経営者のリーダーシップ先見性人脈

これらは全て、貸借対照表の「資産の部」には計上されないかもしれませんが、間違いなく企業の価値を構成し、将来のキャッシュフローを生み出す”本質的な源泉”となる重要な「資産」です。書籍『企業価値担保権入門』でも、「のれんやノウハウ等の無形資産を含む」と、その重要性が明確に示されています。

企業価値担保権は、まさにこの「無形資産」を積極的に評価し、担保価値として認めようとする制度です。だからこそ、工場を持たないIT企業、店舗を持たないネット通販会社、独自のノウハウで勝負するコンサルティング会社、地域ブランドを確立した食品メーカーなど、これまで「担保不適格」と見なされがちだった企業にとっても、資金調達の可能性が大きく広がるのです。

しかし、ここにも大きな課題があります。それは、これらの無形資産が文字通り「目に見えない」ということです。

企業自身も気づいていない、言語化できていない

「うちは昔からこうやってるだけですよ」と経営者が謙遜する裏に、実は他社が喉から手が出るほど欲しがるような独自のノウハウが隠れていたりします。また、従業員の「当たり前」の行動の中に、顧客満足度を高める秘訣があったりもします。これらを客観的な「強み」として認識し、言葉で説明できる状態にすることが、まず第一歩です。

金融機関からはさらに見えにくい

私たち金融機関や支援者が、決算書を眺めたり、短い時間でヒアリングしたりするだけでは、その企業の持つ無形資産の”本当の価値”を正確に把握することは、極めて困難です。「技術力が高い」「顧客からの信頼が厚い」と言われても、「具体的にどうすごいのか?」「それがどう収益に繋がるのか?」が具体的に、客観的に示されなければ、融資判断の俎上に載せることは難しいでしょう。

だからこそ、「無形資産の可視化」が決定的に重要になるのです。

支援者(中小企業診断士など)が、単なる聞き取り役ではなく、触媒(カタリスト)となり、経営者や従業員との深い対話を通じて、

  1. 企業の”隠れた宝”である無形資産を一緒に掘り起こし
  2. それを誰もが理解できる具体的な言葉で表現し(言語化)、
  3. その無形資産がどのように競争優位性を生み出し、将来の収益(キャッシュフロー)に貢献していくのか、その因果関係(ストーリー)を明確に描き出すこと。

この「可視化」のプロセスがあって初めて、企業価値担保権はその真価を発揮します。企業は自社の強みを再認識し、自信を持って未来戦略を描けるようになります。そして私たち金融機関は、その企業の「真の価値」と「将来性」を納得感を持って評価し、自信を持って融資判断を行うことができるようになるのです。

『ひょうご事業価値デザイン・成長実現プログラム(仮称)』、特に「成長実現コース」や「事業承継準備コース」で作成を目指す「事業価値評価レポート」は、まさにこの「無形資産の可視化」と、それに基づく将来計画の具体化を中核に据えたツールとなります。このレポートが、企業と金融機関の間の”架け橋”となるのです。

では、その「可視化」とレポート作成は、具体的にどのようなプロセスで進めていくのでしょうか? 次のセクションでは、その鍵となる「対話」の重要性について、成功例と失敗例を比較しながら考えていきます。

”対話”こそが価値創造のエンジン – 成功する支援プロセスの要諦

「無形資産を可視化する」「将来キャッシュフロー計画を作る」… 言葉にするのは簡単ですが、実際に企業の”目に見えない価値”を掘り起こし、それを説得力のある形にまとめ上げていくのは、決して容易なことではありません。決まった計算式があるわけでも、マニュアル通りに進められるものでもないからです。

では、その成功の鍵は何なのでしょうか? 兵庫県中小企業診断士協会が、事業性評価ツールの活用経験が豊富な診断士に行ったインタビュー調査から見えてきたのは、支援プロセスにおける「対話の質と深さ」こそが、成否を分ける決定的な要因である、という事実です。どんなに優れたツールやフレームワークを使っても、それを活かすのは、結局のところ、支援者と企業との間の血の通ったコミュニケーションなのです。

なぜ「対話」がそれほどまでに重要なのか? これまでの支援で見られた課題と、成功事例を比較しながら、その理由を探っていきましょう。

失敗例:「通信簿」「提出物」で終わるプロセス

これまでも、企業の技術力や経営力を評価するための様々なツールや制度が存在しました。例えば、兵庫県にも「技術・経営力評価制度」がありますし、全国的には「ローカルベンチマーク」などが活用されています。これらは、企業の現状を客観的に把握する上で有効な手段となり得ます。しかし、その活用プロセスによっては、残念ながら期待した効果が得られず、単なる形式的な作業に終わってしまうケースも少なくありませんでした。

ケース1:一方的な「通信簿」になってしまう

例えば、専門家が企業を評価し、その結果を「評価報告書」として提示するような場合。企業側からすると、自分たちの意見や想いが十分に反映されないまま、一方的に点数をつけられた「通信簿」のように感じてしまうことがあります。これでは、評価結果に対する納得感が得られにくく、その後の改善行動にも繋がりにくいでしょう。

ケース2:目的が「提出物」を作ることになってしまう

また、ローカルベンチマークなどが、企業の自発的な意思ではなく、金融機関からの依頼や補助金申請の都合で「仕方なく」作成される場合。この場合、書類を完成させ、提出すること自体が目的化してしまいがちです。作成プロセスでの深い議論や気づきがないまま、出来上がった書類は棚にしまわれ、実際の経営改善や金融機関との関係深化にはほとんど活かされない…。「作成して完了」という、非常にもったいない状況が生まれてしまいます。

これらの「課題のあるプロセス」に共通しているのは、企業の主体性が十分に引き出されず、成果物が、外部(評価委員会や金融機関、行政など)に見せるための「提出物」としての意味合いが強くなってしまう点です。これでは、企業の”腹落ち感”は得られず、真の価値創造には繋がりません。

では、どうすればこの轍を踏まずに済むのでしょうか? 成功している支援プロセスには、明確な共通点があります。

成功例:「知的資産経営報告書」に学ぶ”つくる過程”の重要性

一方で、支援ツールが効果的に活用され、企業の成長に繋がっている成功事例も数多くあります。その代表例として挙げられるのが「知的資産経営報告書」の作成支援です。この報告書は、まさに企業の無形資産(知的資産)を可視化し、その活用戦略を描くものですが、多くの支援専門家が口を揃えて指摘するのは、「完成した報告書そのもの以上に、それを作成する『過程』にこそ価値がある」という点です。

具体的に、どのような価値が「つくる過程」で生まれるのでしょうか?

価値1:隠れた強みの”発見”と”再認識”

専門家を交え、経営陣や時には現場の従業員も巻き込んで、「うちの会社の本当の強みは何だろう?」「お客様はなぜ私たちを選んでくれるのだろう?」といった議論を重ねる中で、これまで当たり前だと思っていたことの中に、実は他社にはない独自の価値(無形資産)が隠れていることに気づくことができます。これは、外部の視点を持つ専門家との「対話」があってこそ可能な”発見”です。

価値2:組織の一体感の”醸成”

会社の未来や強みについて、部門を超えてオープンに議論するプロセスは、従業員の当事者意識を高め、組織としての一体感を育む効果があります。「自分たちの仕事が、会社のこんな価値に繋がっているんだ」という実感は、日々の業務へのモチベーション向上にも繋がります。

価値3:”生きた資産”の創出

このように、企業が主体的に関与し、全社的な議論を経て作成された報告書は、単なる「提出物」ではありません。社内では、進むべき方向性を示す「共通の教科書」となり、社外(特に金融機関)に対しては、自社の魅力と将来性を具体的に伝える「強力なアピール資料」となります。つまり、作成後も様々な場面で実際に活用される「生きた資産」となるのです。

この成功プロセスから学ぶべきは、支援のゴールは「綺麗な報告書を作ること」ではなく、「対話を通じて企業の主体性を引き出し、企業自身が自らの価値に気づき、未来を描けるようになること」である、という点です。報告書は、そのプロセスから生まれた副産物であり、次なる行動への出発点に過ぎません。

企業価値担保権の活用を目指す『事業価値評価レポート』の作成プロセスも、まさにこの成功原則に基づいて設計されるべきです。 支援者は、単なる評価者や書類作成代行者ではなく、企業の”宝探し”と”未来設計”をサポートする「対話の触媒(ファシリテーター)」としての役割を担うことが求められます。

次のセクションでは、この「対話型プロセス」を具体的にどのように進めていくのか、『ひょうご事業価値デザイン・成長実現プログラム(仮称)』の「成長実現コース」を例に、その実践的なステップを見ていきましょう。

実践!「事業価値評価レポート」作成プロセス(成長実現コースより)

理論は理解できても、実際にどう動けばよいのか? ここからは、『ひょうご事業価値デザイン・成長実現プログラム(仮称)』の核心である「成長実現コース」を例にとり、「事業価値評価レポート」を作成していくための具体的なプロセスを、3つのフェーズに分けて見ていきましょう。重要なのは、各フェーズが一連の流れとして繋がり、「対話」を通じて企業と共に価値を”創り上げていく”という意識を持つことです。

フェーズ1:信頼の土台作りと現状認識の共有(技術・経営力評価制度の活用等)

全ての始まりは、企業と支援者との間の強固な信頼関係を築くことからスタートします。特に、企業の内部情報や将来戦略といったデリケートな話題に踏込むためには、経営者が「この人になら話せる」「一緒に未来を考えたい」と感じられる関係性が不可欠です。

  • 目的:
    • 経営者との人間的な繋がりを構築し、心理的な安全性を確保する。
    • 技術・経営力評価制度やローカルベンチマークなどの事業性評価ツールの作成過程を共有しながら、企業の現状(財務・非財務)と経営者の想いを深く理解する。
    • 企業が抱える課題目指す方向性について、共通認識を持つ。
    • 経営の透明性(法人と個人の資産・経理の分離など)の重要性を伝え、意識を高める。
  • 進め方のポイント:
    • 最初の訪問では、すぐに分析や評価に入るのではなく、まずは経営者の話にじっくり耳を傾けること(傾聴)が重要です。「会社の歴史」「創業時の想い」「これまでの苦労話」「将来への夢」など、数字には表れないストーリーを引き出します。
    • 事業性評価ツールを活用する際も、単に項目を埋める作業にするのではなく、各項目について「なぜそう考えるのか?」「具体的にはどういうことか?」といった深掘りの質問を投げかけ、対話を促します。
    • 支援者は「教える」のではなく「共に考える」スタンスで臨み、「今回のレポート作成を通じて、会社の未来を一緒に描いていきましょう」という共通のゴールを設定します。
    • この段階で、金融機関の担当者も同席するなど、早期から金融機関を巻き込むことも有効です。企業・支援者・金融機関の間で、初期段階から認識を共有しておくことが、後のプロセスをスムーズに進める鍵となります。

このフェーズは、いわば助走期間です。焦らずじっくりと関係性を築き、企業の全体像を掴むことが、次の「価値の掘り起こし」フェーズへの重要な土台となります。

フェーズ2-①:”宝探し”としての無形資産抽出 – 対話による言語化・可視化

信頼関係の土台ができ、企業の現状と目指す方向性について共通認識が持てたら、いよいよ本格的な”宝探し”、すなわち無形資産の抽出に入ります。これは、レポート作成プロセスの中で最も創造的で、かつ重要なパートと言えるでしょう。

  • 目的:
    • 企業の内部(経営者、従業員)に眠っている”目に見えない強み(無形資産)”網羅的に洗い出す。
    • 洗い出した無形資産を、誰もが理解できる具体的な言葉で表現する(言語化)。
    • それらの無形資産が、どのように相互に関連し合い、企業の競争優位性を形作っているのか、その構造を明らかにする(可視化)。
  • 進め方のポイント:
    • 経営者だけでなく、現場のキーパーソン(技術者、営業担当者、製造担当者など)も交えたワークショップ形式での議論が非常に有効です。「うちの会社の”当たり前”だけど、実はすごいことって何だろう?」「お客様が競合ではなく、うちを選んでくれる本当の理由は?」「この仕事の”勘どころ”はどこにある?」といった問いを投げかけ、多様な視点から意見を引き出します。
    • ブレインストーミングで出てきたアイデアを、フレームワーク(例えば、知的資産経営で用いられるような分類軸:人的資産、構造資産、関係資産など)を使って整理・分類し、構造化していきます。
    • 抽象的な表現(例:「技術力が高い」)ではなく、具体的な事実やエピソード(例:「〇〇という加工技術において、不良品率を他社の半分以下に抑えている」「創業以来〇〇年間、△△業界の大手企業との取引が継続している」)に基づいて言語化することを心がけます。
    • 可能であれば、顧客取引先へのヒアリングを行い、外部から見た企業の強みを確認することも、客観性を高める上で有効です。
    • 支援者は、議論をファシリテートし、参加者の主体的な気づきを促す役割に徹します。答えを与えるのではなく、問いを通じて価値の発見をサポートします。

このフェーズは、企業が自らの”DNA”を再発見するプロセスです。支援者との対話を通じて、これまで意識していなかった自社の強みが次々と明らかになり、経営者や従業員の自信とモチベーションが高まることも少なくありません。

フェーズ2-②:未来への道筋を描く – 実現可能な事業計画・将来CF策定支援

”宝”である無形資産が見つかったら、次はその宝を未来に向けてどう活かしていくのか、具体的な道筋(=事業計画)を描くフェーズです。そして、その道筋を辿った結果、どれくらいの成果(=将来キャッシュフロー)が見込めるのかを、説得力のある数値で示していきます。

  • 目的:
    • 抽出された無形資産を最大限に活用するための、具体的な成長戦略アクションプランを策定する。
    • その事業計画が実現した場合の将来キャッシュフロー(CF)を、蓋然性の高い(実現可能性の高い)根拠に基づいて予測する。
    • 金融機関が融資判断を行う上で必要となる情報(必要な資金額、返済計画など)を明確にする。
  • 進め方のポイント:
    • 事業計画は、単なる夢物語ではなく、現状分析(フェーズ1)と無形資産(フェーズ2-①)に基づいた、地に足の着いたものである必要があります。「なぜこの戦略が有効なのか?」「それを実行するために何が必要か?」「どんなリスクが考えられるか?」といった点を、経営者と共に徹底的に議論します。
    • 将来CF計画は、希望的観測ではなく、具体的な行動計画市場環境過去の実績などを踏まえたロジカルな予測でなければなりません。売上予測の根拠、変動費・固定費の見込み、必要な設備投資や運転資金などを丁寧に積み上げ、複数のシナリオ(標準、楽観、悲観など)でシミュレーションすることも有効です。
    • 必要な融資額とその使途、そして事業計画に基づいた返済計画を明確に示します。これが、金融機関との具体的な交渉のスタートラインとなります。
    • 支援者は、計画策定のプロセスをサポートする役割です。計画の論理性一貫性をチェックしたり、客観的な視点からリスクを指摘したり、多様な選択肢を提示したりすることで、経営者の意思決定を支援します。ただし、最終的な計画はあくまで企業自身が主体的に策定する、という姿勢が重要です。

このフェーズは、未来への設計図を描く作業です。ここで描かれる計画の質と具体性が、金融機関からの信頼を得て、必要な資金調達を実現できるかどうかを大きく左右します。

フェーズ3:”見える化”した価値の裏付けと継続的関係構築(エビデンス整備、管理会計導入支援)

素晴らしい事業計画と将来CF計画が描けても、それが”絵に描いた餅”で終わらないようにするため、そして融資実行後も計画通りに進捗しているかを継続的に確認できる体制を整えるのが、最後のフェーズ3です。

  • 目的:
    • フェーズ2で可視化した無形資産や事業計画の信頼性を高めるための客観的な証拠(エビデンス)を整備する。
    • 事業計画の進捗状況をタイムリーに把握し、経営判断に活かすための社内管理体制(特に管理会計)の構築を支援する。
    • 融資実行後も、金融機関や支援者が継続的に関与し、伴走支援を行うための基盤を作る。
  • 進め方のポイント:
    • エビデンスの整備: 例えば、技術力を示すなら特許証受賞歴、顧客基盤を示すなら主要顧客との契約書リピート率のデータ、ブランド力を示すならメディア掲載実績顧客アンケートの結果など、主張を裏付ける客観的な資料を収集・整理するよう促します。これにより、レポートの説得力が格段に向上します。
    • 管理会計の導入支援: 将来CF計画の達成度を測るためには、月次試算表の早期作成はもちろん、部門別損益製品別損益など、より詳細な管理会計の仕組みを導入することが有効です。支援者は、企業のレベルに合わせて、簡単なツールの導入からサポートするなど、スモールスタートを意識します。これにより、経営者は自社の状況をリアルタイムで把握し、迅速な意思決定が可能になります。
    • モニタリング体制の構築: 整備された管理会計データなどを活用し、定期的(例えば月次や四半期ごと)に金融機関や支援者に報告し、進捗状況や課題について意見交換する仕組みを構築します。これが、次回のテーマとなる「コベナンツ」の適切な運用にも繋がっていきます。

このフェーズは、作成したレポートを”生きたツール”とし、持続的な成長に繋げていくための仕上げの段階です。エビデンスによって計画の信頼性を高め、管理会計によって進捗管理を可能にし、定期的な報告・対話の仕組みによって金融機関・支援者との継続的なパートナーシップを築く。ここまで整って初めて、「事業価値評価レポート」はその真価を発揮するのです。

これら3つのフェーズを経て作成される「事業価値評価レポート」。それは、まさに支援者の力量が問われる仕事です。次のセクションでは、このプロセスを成功に導くために、私たち支援者に求められるスキルについて考えてみましょう。

支援者の腕の見せ所 – 価値を”デザイン”するスキルとは?

ここまで、「事業価値評価レポート」を作成するための具体的なプロセスを見てきました。このプロセスを通じて、企業の”目に見えない価値”を掘り起こし、未来への成長ストーリーを描き出す。それは、まさに私たち支援者の専門性が存分に発揮される場面であり、大きなやりがいを感じられる仕事でもあります。

では、この価値創造プロセスを成功に導くために、私たち支援者には具体的にどのようなスキルが求められるのでしょうか? 単に経営分析の知識があるだけでは不十分です。企業と深く関わり、その潜在能力を引き出すための、複合的な能力が必要となります。

傾聴力、質問力、構造化能力、言語化能力

まず、最も基本でありながら最も重要なのが、コミュニケーションに関わるスキルです。

  • 傾聴力: 経営者や従業員の言葉の表面だけでなく、その背景にある想いや悩み、情熱を深く理解しようと真摯に耳を傾ける力。これがなければ、信頼関係は築けず、本音を引き出すこともできません。
  • 質問力: 相手に**「気づき」を促し、議論を深めるための効果的な問い**を投げかける力。「なぜそう考えるのですか?」「具体的にはどういうことですか?」「もし〇〇だとしたら、どうなりますか?」といった問いを通じて、漠然とした考えを具体化し、本質に迫っていきます。
  • 構造化能力: 対話を通じて引き出された断片的な情報やアイデアを、整理・分類し、論理的な繋がりを見つけ出す力。無形資産同士の関係性や、それがビジネスモデル全体の中でどう機能しているのかを体系的に捉え直します。
  • 言語化能力: 構造化された企業の強みや戦略を、誰もが理解できる具体的で分かりやすい言葉で表現する力。専門用語を避け、魅力的なストーリーとして語れることが、金融機関への説得力を高める上で重要です。

これらのスキルは、単にレポートを作成するためだけでなく、企業との信頼関係を築き、伴走支援を続けていく上でも不可欠な、支援者の”基本動作”と言えるでしょう。

業種への深い理解と多角的な視点

次に求められるのが、分析力洞察力に関わるスキルです。

スキル1:業種への深い理解

支援対象となる企業が属する業界特有の構造ビジネス慣行競争環境技術動向などを深く理解していること。これにより、企業の強みや弱みを業界の文脈の中で正しく位置づけ、実現可能性の高い戦略を描くことができます。「業種別対話ファシリテーター」制度は、まさにこの専門性を高めるための取り組みです。

スキル2:多角的な視点

企業の状況を、財務だけでなく、マーケティング組織技術人材など、様々な角度から複眼的に捉える力。また、自社の視点だけでなく、顧客競合社会といった外部の視点も取り入れながら分析することで、より本質的な課題新たな可能性を発見することができます。

これらのスキルによって、単なる現状分析に留まらない、企業の未来を切り拓くための深い洞察に基づいた支援が可能になります。

「無形資産の可視化」における中小企業診断士の3つの強み

そして、これらのスキルセットを活かし、「無形資産の可視化」という新しい時代の支援において、特に中小企業診断士が貢献できる理由=強みを改めて整理しておきましょう。

強み1:経営全般を俯瞰できる「総合力」

中小企業診断士は、特定の専門分野だけでなく、戦略から財務、人事、マーケティングまで、経営に関わる幅広い知識を体系的に学んでいます。この「総合力」があるからこそ、企業の無形資産を、技術、人材、ブランド、顧客関係といった多様な側面から捉え、それらがどう連携して価値を生み出しているのか全体像(”森”)として理解することができます。

強み2:伴走者としての「対話力」と「客観性」

中小企業診断士は、経営コンサルタントとして、「対話」を通じて企業の課題解決を支援する訓練を積んでいます。傾聴し、問いかけ共に考えるプロセスを通じて、経営者自身も気づいていない潜在的な価値を引き出すことを得意としています。また、多くの場合、第三者という客観的な立場から関わるため、しがらみなく本質的な議論を促し、企業の”腹落ち感”を醸成することができます。

強み3:「専門性」と「原理原則」の掛け合わせによる応用力

中小企業診断士は、経営全般の原理原則を理解していることを基礎としつつ、多くの場合、自身の実務経験得意分野に基づき、特定の業種経営課題深い専門性を持っています。この「経営の原理原則」「特定の専門性」を掛け合わせることで、初めて出会う業種の企業であっても、その企業ならではの価値を見つけ出す応用力を発揮できます。「業種別対話ファシリテーター」制度は、まさにこの専門性をさらに深め、地域全体で共有していくための重要な取り組みです。

これらの強みを活かし、中小企業診断士は、金融機関の皆様と連携しながら、企業価値担保権の活用を力強く推進していくことができます。

さて、レポート作成という具体的な技法について見てきましたが、最後に改めて強調したいのは、その本質的な目的です。

まとめ:レポート作成は目的ではない – 企業と伴走し、未来を共創するプロセス

今回の記事では、「事業価値評価レポート」を作成するための具体的なプロセスと、それを成功させるための支援者のスキルについて詳しく見てきました。無形資産を掘り起こし、将来計画を描き、それを客観的な形で示す。これは、企業価値担保権を活用する上で、確かに非常に重要な作業です。

しかし、私たちはレポートを作成すること自体がゴールではない、ということを決して忘れてはなりません。

レポートはあくまで「手段」であり、「出発点」です。本当の目的は、その作成プロセスを通じて、

  • 企業が自らの真の価値に気づき、自信を持つこと。
  • 企業と金融機関、そして支援者が共通の未来像を描き、信頼関係を深めること。
  • そして、その未来像に向かって共に歩みを進め、企業の持続的な成長を実現すること。

にあります。

「価値」とは、静的なものではなく、対話と行動を通じて”創り出していく”ものです。「事業価値評価レポート」は、その価値創造プロセスの触媒であり、道標となる存在です。

私たち支援者は、単なるレポート作成の専門家ではなく、企業と共に未来を考え、悩み、汗を流す「伴走者」であり、新しい価値を共に創り出す「共創パートナー」となることが求められています。レポートという形ある成果物だけでなく、その作成過程で生まれる企業の変化関係性の深化にこそ、私たちの仕事の真価があるのではないでしょうか。

  • 次回予告:さて、「事業価値評価レポート」が無事に完成し、企業価値担保権信託契約の締結、そして融資実行へと繋がったとしましょう。しかし、それはゴールではなく、新たなスタートラインです。融資後の「伴走支援」をいかに実効性のあるものにしていくか? その鍵となるのが「コベナンツ」の活用です。次回は、このコベナンツを単なる”約束事”ではなく、企業の”成長エンジン”に変えるための設計と運用の勘所について、詳しく解説

このサイトのすべての情報を調査研究した報告会を開催します!

【令和7年度 調査・研究事業 成果報告会】

  • 日時: 2025年11月14日(金) 14:00~16:00
  • 開催会場: 神戸市産業振興センター 会議室802+803
  • 参加費: 無料
  • 参加方法:
    1. 会場でのリアル参加
    2. Zoomでのオンライン参加+後日での動画視聴参加

    ※お申し込み時に、ご希望の参加方法をお選びいただけます。なお、当日発表内容に質問ができるのは、会場参加のみです。また会場参加は席に限り(30名)がございますので、お早めにお申し込みください。

[▼成果報告会へのお申し込みはこちら]

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この記事を書いた人

銀行員時代に中小企業の倒産を目の当たりにし、「支援したい」という強い使命感から中小企業診断士として独立しました。25年の経験を活かし「神戸密着経営」を掲げ、地域に根差し現場に寄り添う伴走型支援を提供しています。このマガジンでは、財務改善や資金繰り支援に特化した実践的な事業性評価のポイント、そして最新情報を発信し、皆様の事業発展を全力でサポートします。

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