新時代の事業性評価ツール活用ガイド – 金融機関と中小企業のための実践的手引き

事業性融資推進法と企業価値担保権を踏まえた事業性評価ツールの活用実態調査の必要性

日本の金融業界は今、大きな転換点を迎えています。2024年6月に成立した「事業性融資の推進等に関する法律」は、長年続いてきた不動産担保や経営者保証に頼る融資慣行を根本から見直し、企業の真の事業価値に基づく融資へとシフトすることを目指しています。

この法律の背景には、優れた技術やビジネスモデルを持ちながらも担保不足で融資を受けられないスタートアップ企業や、経営者保証がネックとなって事業承継に躊躇する中小企業の課題があります。これらの企業が持つ「見えない価値」をきちんと評価し、成長資金を供給する仕組みを作ることが、日本経済の持続的発展には不可欠だからです。

特に注目されているのが、新たに創設される「企業価値担保権」です。これは従来の個別資産担保とは全く異なり、企業の総財産、つまり有形資産だけでなく特許権、ブランド、ノウハウ、顧客基盤といった無形資産も含めた事業全体の価値を担保とする画期的な制度です。

しかし、この新しい制度が真に機能するためには、金融機関と中小企業の双方が、事業の「本当の価値」を正しく理解し、評価する能力を身につける必要があります。そこで重要な役割を果たすのが、今回取り上げる4つの事業性評価ツールです。

本記事では、金融機関の事業支援担当者と中小企業経営者の皆様に向けて、これらのツールの特徴と活用方法、そして今後の金融実務における重要性について、実践的な視点から解説していきます。

目次

第1章:新しい金融制度が求める事業性評価の重要性

では、この新しい金融の仕組みは、具体的に社会や企業の関係をどのように変えようとしているのでしょうか。まずは、その根幹となる法律の目的から見ていきましょう。

事業性融資推進法が目指すもの

事業性融資推進法は、単に法律の条文を変えるだけではありません。金融機関と企業の関係性を根本から変革し、より建設的で持続可能なパートナーシップを築くことを目指しています。

この法律の基本理念は「事業者と金融機関等の緊密な連携の下、事業の継続及び成長発展に必要な資金調達等の円滑化を図る」ことです。つまり、金融機関は単なる資金の貸し手ではなく、企業の成長を支援するパートナーとしての役割がより強く求められるようになります。

具体的な推進体制として、金融庁に「事業性融資推進本部」が設置され、関係省庁が連携して基本方針を策定します。さらに、事業性融資に関する専門的知見を持つ機関を認定する「認定事業性融資推進支援機関」制度も導入されます。これは、政府が本気で事業性融資への転換を進めようとしている証拠です。

企業価値担保権の革新性

企業価値担保権は、従来の担保の概念を大きく変える制度です。これまでの不動産や設備といった個別の有形資産だけでなく、企業が持つあらゆる価値を包括的に担保として活用できるようになります。

特に画期的なのは、無形資産が正式に担保価値として認められることです。技術力、ブランド価値、顧客との信頼関係、従業員のスキル、蓄積されたノウハウなど、これまで「見えない資産」として軽視されがちだった要素が、融資の根拠として活用できるようになります。

この制度を活用する際は、「企業価値担保権信託会社」との間で信託契約を締結します。金融機関自身が信託会社の免許を取得することも可能で、より柔軟な運用が期待されます。

重要な特徴として、企業価値担保権を活用する場合、原則として経営者保証を求めることが制限されます。これにより、経営者の個人資産と事業リスクが切り離され、より積極的な事業展開や事業承継が促進されることが期待されます。

万が一、担保権が実行される場合も、従来とは異なるアプローチが取られます。裁判所の監督の下で管財人が選任され、事業価値をできるだけ維持しながら、スポンサーへの事業譲渡による換価を目指します。この過程では、事業継続に必要な取引債権や労働債権が優先的に保護される仕組みになっています。

事業性評価が金融実務の中核に

この新しい制度の下では、「事業性評価」が金融実務の中核を占めるようになります。金融機関は、企業の財務諸表を読み解く能力に加えて、ビジネスモデルの理解、技術力の評価、市場での競争力の分析、経営者の資質の見極め、組織力の把握といった、より幅広い「目利き力」を身につける必要があります。

一方、中小企業側も変化を求められます。自社の強み、特に無形資産の価値を客観的に把握し、それらがどのように将来の収益につながるのかを、金融機関に対して説得力を持って説明する能力が、円滑な資金調達の鍵となります。

しかし、この「事業性評価」を具体的にどのように実施するかについては、まだ明確な答えがありません。そこで注目されるのが、既に存在する様々な事業性評価ツールです。これらのツールが新しい金融制度の下でどのような役割を果たし得るのか、実際にどの程度活用されているのかを理解することが、今後の金融実務にとって極めて重要になります。

第2章:4つの主要事業性評価ツールの特徴と活用法

金融機関と企業、双方にとって重要となる「事業性評価」。では、具体的にどのようなツールがあり、それぞれどんな特徴を持っているのでしょうか。ここでは特に代表的な4つのツールを取り上げ、一つずつその強みと活用法を掘り下げていきます。

兵庫県の技術・経営力評価制度報告書

この制度は、特に地域に根差した中小企業にとって力強い味方となります。その評価がどのように行われ、実際の融資現場でどう活かされ、そして他の地域へどう広がっているのか、3つのポイントから具体的に見ていきましょう。

地域密着型の客観的評価システム

兵庫県が公益財団法人ひょうご産業活性化センターと連携して実施している技術・経営力評価制度は、地域の中小企業支援の成功事例として注目されています。この制度の特徴は、単なる書類審査ではなく、専門家が企業を訪問して現地調査やヒアリングを行い、客観的で具体的な評価書を作成することです。

評価は「製品・サービス」「市場性・将来性」「実現性・収益性」「経営力」といった複数の視点から構成され、多くの場合10項目程度について5段階評価と具体的なコメントが付されます。単に企業の強みを褒めるだけでなく、抱える問題点や改善すべき点についても率直に指摘されるため、経営改善のヒントを得ることができます。

実際の融資実務での活用

この評価書は金融機関にとって、融資判断の参考資料として高く評価されています。特に技術力やサービス内容を客観的に把握する上で貴重な情報源となり、企業の事業実態を理解するための重要な手がかりを提供します。

実際に、この評価書の取得を条件とする保証制度や、評価書取得企業に対して有利な融資条件を適用する金融機関も存在します。評価書の作成には所定の手数料が必要ですが、県による補助制度や金融機関による費用負担制度も設けられている場合があります。

他地域での展開可能性

大阪府をはじめ、他の地域でも類似の制度が導入されており、地域の実情に応じた事業性評価の有効な手法として注目されています。地域の産業特性や支援ニーズに合わせてカスタマイズできる柔軟性が、この制度の大きな魅力です。

知的資産経営報告書

貸借対照表には表れない「見えない価値」を伝えるこの報告書は、単なる書類以上の意味を持ちます。企業の成長ストーリーをどのように描き、社内外の様々な人々に伝え、そして経営者自身の次なる戦略へと繋げていくのか、その核心に迫ります。

無形資産に焦点を当てた価値創造ストーリー

知的資産経営報告書は、経済産業省や中小企業基盤整備機構が普及を推進している考え方で、2005年頃にガイドラインが策定されました。ここでの「知的資産」は、特許権や商標権といった法的権利だけでなく、人材、技術、技能、組織力、経営理念、顧客とのネットワークなど、貸借対照表には表れない企業の競争力の源泉となる無形資産全般を指します。

この報告書の最大の特徴は、企業の価値創造プロセスを「ストーリー」として語ることです。過去から現在に至る価値創造の経緯(どのように知的資産を形成・活用してきたか)と、現在から未来に向けた価値創造の展望(今後の戦略、知的資産の維持・強化・活用方針)を明確に示します。

多様なステークホルダーへの情報開示

知的資産経営報告書は、従業員、金融機関、取引先、株主、求職者といった様々なステークホルダーに対して、企業の全体像や将来性を分かりやすく伝えるツールです。SWOT分析などの手法を用いて自社の強み・弱みを客観的に分析し、将来の目標設定や具体的なKPIを示すことが推奨されます。

金融機関にとっては、企業の無形資産とその活用戦略を理解する上で非常に有用な情報源となります。特に企業価値担保権が注目する無形資産の価値を具体的に示し、その戦略的活用方法を説明する上で、極めて親和性の高いツールと言えます。

経営者の内省と戦略策定を促進

報告書の作成プロセス自体が、経営者にとって自社の経営を客観視し、戦略を再考する貴重な機会となります。普段は意識していない自社の強みや価値創造のメカニズムを言語化することで、より効果的な経営戦略の策定につながることが期待されます。

ローカルベンチマーク(ロカベン)

「企業の健康診断」とも呼ばれるロカベンは、誰でも手軽に始められる点が大きな魅力です。財務と非財務の両面から、自社をどのように客観視し、金融機関との「共通言語」として活用していくことができるのか、その具体的な中身を解説します。

企業の「健康診断」ツール

ローカルベンチマーク(通称ロカベン)は、経済産業省が提供する企業の経営状態把握ツールで、「企業の健康診断」と位置づけられています。Excel形式のシートやWebサイト「ミラサポplus」上で作成でき、中小企業が手軽に利用できるよう設計されています。

最大の特徴は、財務情報と非財務情報の両面から企業を分析・可視化することです。バランスの取れた企業評価を可能にする総合的なフレームワークとして、多くの金融機関で認知されています。

6つの財務指標による客観的分析

ロカベンでは、売上増加率、営業利益率、労働生産性、EBITDA有利子負債倍率、営業運転資本回転期間、自己資本比率という6つの財務指標を算出し、同業種・同規模の企業と比較することで、企業の財務状況を客観的に把握します。これにより、業界内での相対的な位置づけが明確になります。

商流・業務フローの可視化

仕入先から販売先までの商流や、社内の主要な業務プロセスを図式化し、それぞれの段階における自社の強み、こだわり、課題などを整理します。これにより、企業の価値創造プロセスや競争力の源泉を視覚的に理解できるようになります。

4つの非財務視点による包括的評価

経営者に関する視点、事業に関する視点、企業を取り巻く関係者(市場、顧客、従業員、金融機関等)に関する視点、内部管理体制に関する視点という4つの観点から自社の状況を整理し、強みや課題を認識します。

金融機関との「共通言語」として

ロカベンは、企業と金融機関や支援機関との対話における「共通言語」としての機能が期待されています。実際に、金融機関における認知度は高く、融資審査や企業支援の場面での活用事例も多数報告されています。国の補助金申請等でロカベン活用企業を優先する動きも見られ、公的支援獲得の観点からも注目されています。

経営デザインシート

未来を描き、そこへ至る道筋を具体的に設計するための強力な思考ツールが経営デザインシートです。このシートが持つ独自のフレームワークは、どのように企業の未来構想を助け、社内外との対話を生み出すのでしょうか。新しい融資制度との重要な関連性にも触れながら見ていきましょう。

将来構想を支援する思考フレームワーク

経営デザインシートは、内閣府の知的財産戦略推進事務局が開発・提供している、企業の将来構想を支援するための思考補助ツールです。変化の激しい経営環境の中で、企業が持続的に成長するために、自社や事業の「存在意義(パーパス)」を起点として戦略を再構築することを目的としています。

視覚的フレームワークによる思考整理

シートは視覚的なフレームワークとなっており、「存在意義・ありたい姿」「これまで」「これから」「移行戦略」という4つの要素を書き込むことで思考を整理・深化させます。

「存在意義・ありたい姿」では企業理念、ビジョン、解決したい社会的課題などを明確にします。「これまで」では過去から現在に至るビジネスモデル、活用してきた経営資源、提供価値、実績などを整理します。「これから」では将来実現したいビジネスモデル、必要となる新たな経営資源、提供したい価値を描きます。そして「移行戦略」では、「これから」の姿を実現するための具体的なアクションプラン、資源調達方法、KPI、リスク対応策などを検討します。

未来志向の対話ツール

経営デザインシートは、単なる現状分析ツールではなく、未来志向で自社の価値創造プロセスを「デザイン」し直すための対話ツールとしての性格が強いのが特徴です。社内での戦略議論やビジョン共有、従業員の意識統一に役立つほか、金融機関や連携先、投資家といった外部ステークホルダーに対して、自社の将来性や戦略の方向性を具体的に示すコミュニケーションツールとしても活用できます。

企業価値担保権との関連性

特に企業価値担保権の評価において重要となる「将来キャッシュフロー創出能力」の根拠を、説得力のあるストーリーとして提示する上で極めて有効です。単なる数値計画ではなく、その背景にある戦略的思考や実現可能性を示すことで、金融機関の理解と信頼を得やすくなります。

第3章:ツールの特徴比較と選択指針

ここまで4つの主要なツールを見てきましたが、「自社にとってはどれが最適なのか?」と迷う方も多いかもしれませんね。この章では、それぞれのツールの強みを改めて比較し、あなたの会社の状況や目的に合わせた最適なツールの選び方を考えていきましょう。

各ツールの強みと適用場面

4つのツールはそれぞれ異なる強みを持っており、企業の状況や目的に応じて使い分けることが重要です。

兵庫県の技術・経営力評価制度報告書は、技術力や製品・サービスの競争力を客観的に評価したい場合に最適です。特に製造業や技術系サービス業において、自社の技術的優位性を金融機関に示したい場合に威力を発揮します。第三者による客観的評価という点で、高い信頼性を持っています。

知的資産経営報告書は、人材、ノウハウ、ブランド、顧客関係など、無形資産が競争力の源泉となっている企業に適しています。特にサービス業、クリエイティブ産業、知識集約型産業において、その価値を最大限に発揮します。企業価値担保権との親和性も高く、無形資産を担保とした融資を検討している企業には必須のツールと言えるでしょう。

ローカルベンチマークは、幅広い業種・規模の企業に対応できる汎用性の高いツールです。初めて事業性評価に取り組む企業や、金融機関との対話のきっかけを作りたい企業にとって、最初の一歩として最適です。標準化されたフォーマットにより、金融機関との共通理解を築きやすいのも大きなメリットです。

経営デザインシートは、事業の方向性を見直したい企業、新たな成長戦略を描きたい企業、事業承継を控えて将来ビジョンを明確にしたい企業に特に有効です。既存事業の延長ではなく、変革や新規事業展開を志向する企業にとって、その戦略性と実行可能性を示す強力なツールとなります。

組み合わせ活用の可能性

これらのツールは相互補完的な関係にあり、複数を組み合わせて活用することで、より包括的で説得力のある事業性評価を実現できます。

例えば、まずローカルベンチマークで企業全体の現状把握を行い、課題領域を特定します。技術力に課題があれば技術・経営力評価制度の活用を検討し、無形資産の価値向上が鍵となる場合は知的資産経営報告書で詳細な分析を行います。将来の成長戦略が重要な場合は、経営デザインシートでビジョンと実行計画を具体化します。

このような段階的・並行的な活用により、企業価値担保権が求める多面的・包括的な事業性評価に近づけることができます。ただし、ツール間には内容的な重複もあるため、効率性を考慮した選択が重要です。

業種・規模別の推奨ツール

製造業の場合、技術力が競争力の源泉となることが多いため、技術・経営力評価制度報告書から始めることを推奨します。その上で、製造ノウハウや品質管理システムなどの無形資産が重要な場合は、知的資産経営報告書も併用します。

サービス業では、顧客関係、ブランド、従業員のスキルなどの無形資産が中核となるため、知的資産経営報告書が最も適しています。特に地域密着型のサービス業では、地域内での認知度や信頼関係を詳しく記述することが効果的です。

IT・クリエイティブ業界では、技術力、創造性、将来の成長可能性が重視されるため、技術・経営力評価制度報告書(該当地域にある場合)と経営デザインシートの組み合わせが有効です。急速に変化する事業環境への適応力や新技術への対応能力を示すことが重要です。

小規模企業(従業員20名以下)の場合、まずはローカルベンチマークで基本的な現状把握を行い、金融機関との対話の土台を築くことから始めることを推奨します。その後、自社の特性に応じて他のツールを追加で活用します。

中規模企業(従業員21名以上)では、複数のツールを組み合わせた包括的なアプローチが可能です。特に企業価値担保権の活用を検討している場合は、知的資産経営報告書と経営デザインシートの組み合わせが効果的です。

第4章:金融機関が直面する新たな課題と対応戦略

この大きな変化の波は、当然ながら融資を行う金融機関側にも大きな影響を与えます。ここからは少し視点を変えて、金融機関がこの変革期にどのような課題に直面し、いかにして対応していくべきかを見ていきましょう。

伝統的融資手法からの脱却

金融機関にとって、事業性融資推進法の施行は業務の根幹に関わる大きな変革を意味します。これまで長年にわたって培ってきた不動産担保や経営者保証に依存した融資手法から脱却し、企業の事業内容そのものを評価する新たな能力の構築が求められています。

特にスタートアップや新事業展開を目指す企業など、有形資産は少なくとも将来性が期待される企業への資金供給においては、従来の評価手法では限界があります。財務諸表の数字だけでは捉えきれない事業の「質」や「将来性」をどのように客観的かつ信頼性をもって評価するかが、金融機関の新たな課題となっています。

事業性評価ツールの戦略的活用

事業性評価ツールは、この課題解決のための重要な手段となり得ます。ローカルベンチマークは標準化された財務・非財務指標を提供し、技術・経営力評価制度報告書は技術力や経営体制を具体的に評価します。知的資産経営報告書や経営デザインシートは、企業の戦略や無形資産の活用状況、将来ビジョンを明らかにします。

しかし、重要なのはこれらのツールを単に「提出書類」として扱うのではなく、融資判断や企業支援のための「情報源」として積極的に活用することです。そのためには、各ツールの特性を深く理解し、得られる情報を適切に解釈・評価する能力が必要です。

無形資産評価能力の構築

企業価値担保権の核心は、特許、ブランド、ノウハウ、顧客基盤といった無形資産を含む事業全体の価値を担保とすることです。これは金融機関にとって、これまで本格的に取り組んでこなかった無形資産の価値評価という新たな挑戦を意味します。

知的資産経営報告書は、企業が保有する無形資産を特定し、その活用戦略を記述する点で直接的な関連性を持ちます。技術・経営力評価制度報告書も技術力の評価を通じて一部の無形資産に光を当てます。経営デザインシートは、無形資産を活用した将来の価値創造ポテンシャルを示します。

金融機関は、これらのツールから得られる情報を基に、無形資産の価値算定手法を確立する必要があります。また、場合によっては弁理士や評価機関などの外部専門家との連携も重要になるでしょう。

リスク管理体制の再構築

融資の根拠が有形資産担保から事業価値そのものへ移行することは、金融機関のリスクプロファイルにも変化をもたらします。従来の担保価値の変動リスクに加えて、事業の業績変動、市場環境の変化、経営戦略の失敗といったオペレーショナルなリスクが、より直接的に融資の回収可能性に影響を与えるようになります。

事業性評価ツールは、融資実行後のモニタリングツールとしても活用できる可能性があります。ローカルベンチマークの定期的な更新により財務・非財務両面での変化を捉え、知的資産経営報告書や経営デザインシートの見直しにより企業の戦略変更やその進捗状況を把握することで、早期警戒シグナルを発見できるかもしれません。

企業支援機能の強化

事業性融資推進法は、金融機関と中小企業との「緊密な連携」を基本理念として掲げており、単なる資金供給者としてだけでなく、企業の経営課題解決を支援する「本業支援」への取り組みがより強く期待されています。

事業性評価ツールは、この本業支援の質を高める上でも重要な役割を担います。ローカルベンチマークは企業と支援者が同じ目線で対話するための「共通言語」として設計されており、知的資産経営報告書や経営デザインシートは企業の戦略や課題を深く掘り下げるため、より本質的な経営相談のきっかけとなり得ます。

金融機関の担当者は、これらのツールを活用して顧客企業の経営実態やニーズを深く理解し、具体的な経営改善提案やソリューション提供(ビジネスマッチング、専門家紹介など)につなげることが期待されます。

人材育成と組織体制

新たな融資手法への転換には、金融機関内部の人材育成と組織体制の見直しが不可欠です。財務分析能力に加えて、非財務情報(特に無形資産や戦略)を読み解き、評価する能力を持つ人材の育成が急務となります。

各事業性評価ツールの特性を理解し、それらを批判的に吟味し、融資判断やアドバイスに活かすための研修プログラムの強化が必要です。また、評価の一貫性と透明性を高めるため、ツールから得られる情報を内部の信用格付プロセスや融資条件決定プロセスにどのように反映させるか、明確なガイドラインの策定も重要です。

無形資産評価など、自行内に十分な専門性がない分野については、認定事業性融資推進支援機関や外部専門家との連携体制を構築し、積極的に活用することも検討すべきでしょう。

第5章:中小企業が取るべき戦略的アプローチ

金融機関側の課題が見えてきたところで、再び中小企業の視点に戻ります。この新しい金融環境を乗りこなし、チャンスに変えるために、中小企業は具体的にどのようなアクションを起こすべきなのでしょうか。ここでは、明日から取り組める実践的な戦略を解説します。

自社価値の明確化と可視化

新しい金融環境において、中小企業は自社の事業価値、特に無形資産の価値を金融機関に対して効果的に示す必要があります。有形資産が乏しい企業にとっては、これが資金調達成功の生命線となります。

事業性評価ツールは、この課題に対応するための構造化された手段を提供します。技術・経営力評価制度報告書は技術的な強みを客観的に示し、知的資産経営報告書は保有する無形資産とその活用戦略を物語り、ローカルベンチマークは非財務面の強みを整理し、経営デザインシートは将来の成長ビジョンを描き出します。

しかし、重要なのは単にツールを完成させることではなく、その内容の質にこだわることです。自社の強み、課題、戦略を客観的かつ具体的に記述し、説得力のあるストーリーを構築することが重要です。

金融機関との効果的な対話の構築

事業性融資の推進には、金融機関と中小企業の間の相互理解と信頼関係の構築が不可欠です。中小企業経営者は、決算書の数字だけでなく、自社の事業内容、強み、課題、将来展望について、金融機関と深く対話する必要があります。

事業性評価ツールは、この対話を促進するための媒体となります。まず、主要な取引金融機関に対して、どの事業性評価ツールに関心があり、どのような情報を重視するのかを積極的にヒアリングし、理解を深めることから始めましょう。画一的な対応ではなく、相手に合わせた情報提供を心がけることが重要です。

ローカルベンチマークは「共通言語」として設計されており、知的資産経営報告書や経営デザインシートは戦略的な議論の土台を提供し、技術・経営力評価制度報告書は第三者の視点からの評価により客観性を担保します。これらのツールを効果的に活用することで、より生産的で深い相互理解につながる対話が可能になります。

企業価値担保権への対応準備

企業価値担保権は中小企業にとって新たな資金調達の選択肢となる可能性がある一方、その利用には金融機関による詳細な事業性評価が伴うことが予想されます。特に信託構造や複雑な実行手続きを考慮すると、金融機関はより慎重な審査を行う可能性があります。

中小企業は、企業価値担保権を利用する際に、金融機関からどのような情報開示や評価資料の提出を求められるのかを事前に理解し、準備しておく必要があります。特に無形資産が多い企業では知的資産経営報告書、将来計画が重要な企業では経営デザインシートの重要性が高まることが予想されます。

内部活用との両立

事業性評価ツールの価値は、金融機関への提出という対外的な目的だけにあるわけではありません。これらのツールは、中小企業自身の経営を見つめ直し、改善するための内省的なツールとしても大きな価値を持ちます。

ツール作成のプロセスを、単なる外部提出用の作業と捉えるのではなく、自社の経営課題の発見、戦略の見直し、社内での目標共有といった内部的な経営改善プロセスとして積極的に活用することが重要です。

例えば、ローカルベンチマークの分析結果が業務プロセスの見直しや新たな販路開拓の検討につながったり、知的資産経営報告書の作成過程で発見された強みが新たな事業展開のヒントになったりすることがあります。経営デザインシートは、中期経営計画の策定や従業員へのビジョン浸透、採用活動における企業魅力のアピールにも活用できます。

成長と持続可能性への貢献

事業性評価ツールの価値は、短期的な資金調達にとどまりません。自社の強みや戦略を明確にすることは、事業提携、M&A、優秀な人材の獲得、事業承継といった、より長期的な成長と持続可能性に関わる課題への対応にも貢献します。

例えば、知的資産経営報告書がM&Aの際の企業価値評価やデューデリジェンスの資料として活用されたり、経営デザインシートが中期経営計画の策定や従業員へのビジョン浸透に役立ったりする事例も報告されています。

支援の効果的活用

ツール作成に困難を感じる場合や、より質の高い報告書を目指す場合は、地域の支援機関、商工会議所、中小企業診断士などの専門家の支援を積極的に求めることを検討しましょう。特に認定事業性融資推進支援機関は、事業性評価や企業価値担保権に関する専門的な知見を有しており、効果的な支援を受けられる可能性があります。

ただし、外部支援を活用する場合も、経営者自身が主体的に関与し、自社の実情に即した内容にすることが重要です。コンサルタントに丸投げした画一的な報告書では、金融機関の信頼を得ることは難しいでしょう。

第6章:実践的な活用事例とベストプラクティス

理論や戦略だけでは、なかなか具体的なイメージが湧きにくいかもしれません。そこでこの章では、実際に事業性評価ツールを活用して成功した企業のリアルな事例をご紹介します。自社の状況と照らし合わせながら、成功のヒントを探ってみてください。

製造業A社の事例:技術力を軸とした総合的アプローチ

従業員50名の精密機械部品製造業A社は、新工場建設のための設備資金調達を課題としていました。同社は高い技術力を持ちながらも、土地・建物などの担保余力が限られていたため、企業価値担保権の活用を検討しました。

まず、兵庫県の技術・経営力評価制度を活用し、自社の技術力と品質管理体制について第三者評価を取得しました。この評価書により、同社の技術的優位性と市場での競争力が客観的に証明されました。

次に、知的資産経営報告書を作成し、長年蓄積してきた製造ノウハウ、顧客との信頼関係、熟練技能者のスキルなどの無形資産を詳細に記述しました。特に、他社では代替困難な特殊加工技術と、それを支える人材・組織体制について具体的に説明しました。

さらに、経営デザインシートにより、新工場稼働後の事業展開計画と成長戦略を明確に示しました。既存技術の応用による新市場開拓や、若手技術者の育成による技術継承計画などを盛り込み、長期的な企業価値向上の道筋を提示しました。

これらの資料を基に金融機関と交渉した結果、企業価値担保権を活用した融資を実現できました。金融機関からは「技術力の客観的評価と、それを活用した成長戦略の具体性が決め手となった」との評価を得ています。

サービス業B社の事例:無形資産価値の可視化

従業員15名のITコンサルティング会社B社は、事業拡大のための運転資金調達が課題でした。無形資産が中心の事業であるため、従来の担保提供による融資は困難な状況でした。

B社は知的資産経営報告書の作成に重点を置き、自社の競争力の源泉を詳細に分析しました。特に、業界特化型の専門知識、顧客企業との長期的な信頼関係、独自の問題解決手法、優秀な人材とその定着率などを定量的・定性的に記述しました。

併せて、ローカルベンチマークにより同業他社との比較分析を行い、労働生産性や顧客継続率などの指標で優位性を示しました。また、経営デザインシートにより、デジタル変革支援という新たな事業領域への展開計画を具体化しました。

金融機関との対話では、これらの資料を基に、同社の事業モデルの持続可能性と成長可能性について詳しく説明しました。特に、顧客企業との継続的な関係が生み出す安定的なキャッシュフローと、専門性の向上による単価アップの可能性を強調しました。

結果として、企業価値担保権は利用しなかったものの、事業性評価に基づく無担保融資を実現できました。金融機関担当者からは「同社の無形資産の価値と活用戦略がよく理解できた」との評価を得ています。

小売業C社の事例:地域密着性を活かした戦略

従業員8名の地域密着型小売業C社は、店舗改装と新規出店のための資金調達を検討していました。大型チェーン店との競争激化により、差別化戦略の重要性が高まっていました。

C社はローカルベンチマークから始めて、自社の現状分析を行いました。財務指標では厳しい面もありましたが、非財務情報の分析により、地域での認知度、顧客との深い関係性、独自の商品セレクション力などの強みが明確になりました。

次に、知的資産経営報告書により、地域コミュニティとの関係性、長年培ってきた商品選択ノウハウ、顧客一人ひとりとの信頼関係などを詳細に記述しました。特に、地域イベントへの積極的参加や高齢者向けサービスなど、大型店では提供困難な価値について具体例を示しました。

経営デザインシートでは、地域密着性を活かした新たなサービス展開計画を提示しました。高齢化社会への対応として宅配サービスの拡充や、地元生産者との連携による地産地消の推進などを盛り込みました。

これらの取り組みにより、地域金融機関から「地域経済への貢献度と将来性」を評価され、事業性評価に基づく融資を実現できました。また、作成プロセスを通じて自社の強みを再認識し、実際にサービス改善にもつながっています。

成功要因の分析

これらの事例から見えてくる成功要因は以下の通りです。

第一に、自社の特性に応じたツールの選択と組み合わせが重要です。技術力が強みの製造業では技術評価制度を軸とし、無形資産中心のサービス業では知的資産経営報告書を重視するなど、戦略的な使い分けが効果的でした。

第二に、具体性と客観性を重視した内容作成が成功につながっています。抽象的な表現ではなく、数値や具体的事例を用いて自社の価値を説明することで、金融機関の理解と信頼を得ています。

第三に、現状分析だけでなく将来戦略の明確化が重要です。過去の実績や現在の強みに加えて、それらをどのように将来の成長につなげるかを具体的に示すことで、融資判断にプラスの影響を与えています。

第四に、金融機関との継続的な対話が成功の鍵となっています。ツールを一度作成して終わりではなく、その内容について金融機関と議論し、フィードバックを受けながら改善していく姿勢が評価されています。

第7章:今後の課題と展望

ここまで、新しい金融制度と事業性評価ツールの「今」について詳しく見てきました。最後に、この大きな取り組みが今後さらに社会に根付いていくために、どのような課題があり、どんな未来が期待されるのか、大きな視点で考えてみましょう。

活用実態の把握と課題分析

事業性評価ツールの普及が進む一方で、その実際の活用状況や効果については、まだ十分に把握されていないのが現状です。金融機関がこれらのツールをどの程度重視し、融資判断にどのように反映させているのか、中小企業がツール作成にどのような困難を感じ、どのような支援を必要としているのかといった実態の詳細な調査が必要です。

特に重要なのは、ツールの「量的普及」だけでなく「質的活用」の実態です。単にツールが作成・提出されているだけでなく、その内容が金融機関と中小企業の間の深い相互理解と効果的な事業支援につながっているかどうかを見極める必要があります。

また、地域差、業種差、企業規模差による活用状況の違いも重要な調査ポイントです。全国的に推進されているツールと地域限定のツールの認知度・活用度の違い、金融機関の規模や特性による評価基準の差異、中小企業の業種や成長段階による適用可能性の違いなどを明らかにすることで、より効果的な普及・支援策を検討できます。

ツール間の連携と統合化

現在、複数の事業性評価ツールが並存している状況は、選択肢の多様性という利点がある一方で、利用者の混乱や非効率性を生じさせる可能性もあります。今後は、各ツールの特徴を活かしながら、より効率的で効果的な評価フレームワークの構築が求められるでしょう。

ツール間の相乗効果を最大化するためには、それぞれの強みと適用領域を明確にし、段階的・補完的な活用方法を体系化することが重要です。また、ツール間で重複している要素については、作成・分析の効率化の観点から、統合や簡素化も検討の余地があります。

将来的には、デジタル技術を活用して、複数のツールから得られる情報を統合的に分析・表示するプラットフォームの開発も期待されます。これにより、中小企業の作成負担を軽減しながら、金融機関により包括的で比較可能な情報を提供できるようになるでしょう。

人材育成と支援体制の充実

事業性評価の実効性を高めるためには、金融機関と中小企業の双方における人材育成が不可欠です。金融機関においては、財務分析能力に加えて、非財務情報や戦略を読み解く能力、特に無形資産の価値を適切に評価する能力を持つ人材の育成が急務です。

中小企業においては、自社の価値を客観的に把握し、効果的に表現する能力の向上が必要です。特に、日々の業務に追われがちな中小企業経営者が、戦略的思考を深め、質の高い報告書を作成するためのスキル向上支援が重要になります。

認定事業性融資推進支援機関をはじめとする支援機関の役割も重要です。これらの機関が、事業性評価ツールの活用支援において期待される機能を効果的に果たすためには、専門人材の確保・育成、サービス内容の標準化・高度化、金融機関や中小企業との連携強化などが必要でしょう。

技術革新による評価手法の進化

AI、ビッグデータ、ブロックチェーンなどの技術革新は、事業性評価の手法にも大きな変化をもたらす可能性があります。例えば、AI技術を活用することで、企業が提供する定性的な情報から価値創造パターンを自動分析したり、同業他社との比較評価を高度化したりできるかもしれません。

ビッグデータの活用により、企業の取引データ、ウェブサイトのアクセス状況、SNSでの言及状況などから、事業の実態や市場での評価をリアルタイムで把握できるようになる可能性もあります。

ブロックチェーン技術は、事業性評価に関する情報の真正性担保や、複数の関係者間での情報共有の効率化に貢献するかもしれません。

これらの技術革新を事業性評価に効果的に取り入れるためには、技術的な検討だけでなく、プライバシー保護、データの標準化、システム間の互換性などの課題への対応も重要になります。

国際的な動向との調和

事業性評価や無形資産の価値化は、日本だけでなく世界的な課題となっています。欧米では、ESG投資の観点から企業の非財務情報の開示・評価が進んでおり、アジア諸国でも中小企業の資金調達円滑化に向けた取り組みが活発化しています。

日本の事業性評価ツールや制度が、これらの国際的な動向と調和し、グローバルな資金調達や事業展開を目指す企業にとっても有用なものとなるよう、継続的な改善と国際連携が必要でしょう。

特に、企業価値担保権のような新たな制度については、国際的な信用力や相互承認の観点から、海外の金融機関や投資家にも理解・評価されるような制度設計と運用が重要になります。

持続可能な普及・発展モデル

事業性評価ツールの普及・発展を持続可能なものとするためには、関係者全体にとって価値のあるエコシステムの構築が必要です。中小企業にとっては作成負担に見合う資金調達面でのメリット、金融機関にとっては評価精度向上と業務効率化への貢献、支援機関にとっては専門性発揮の機会とビジネス機会の創出、政策当局にとっては政策効果の向上といった、それぞれの利益が実現される仕組みが重要です。

また、制度や運用の継続的改善を可能にする仕組みも必要です。利用者からのフィードバック収集、効果測定・分析、ベストプラクティスの共有、課題への対応といったPDCAサイクルを回すことで、より実効性の高い制度へと発展させていくことが求められます。

第8章:まとめと行動指針

さて、いよいよ本記事の締めくくりです。これまでの内容を振り返りながら、この歴史的な転換点において、金融機関と中小企業がそれぞれ明日から何をすべきか、具体的な「行動指針」として整理していきましょう。

新時代の金融実務への適応

事業性融資推進法の施行と企業価値担保権の創設は、日本の金融実務における歴史的な転換点です。この変化に適応し、新たな機会を活用するためには、金融機関と中小企業の双方が、従来の発想を超えた取り組みを進める必要があります。

事業性評価ツールは、この転換を支援する重要な手段として位置づけられます。しかし、これらのツールは単なる「手続き」や「書類」ではなく、企業の真の価値を理解し、その価値を最大化するための「戦略的手段」として活用されるべきです。

金融機関への提言

金融機関においては、以下の取り組みが重要です。

まず、事業性評価能力の体系的な強化です。従来の財務分析スキルに加えて、非財務情報の読み解き、無形資産の評価、将来性の判断といった新たな能力を組織として構築する必要があります。各事業性評価ツールの特性を深く理解し、それらを融資判断や企業支援に効果的に活用するためのガイドライン策定と人材育成が急務です。

次に、中小企業との対話の質向上です。事業性評価ツールを活用して、企業の経営実態、強み、課題、将来戦略について深く理解し、単なる融資判断だけでなく、実効性のある経営支援につなげることが重要です。

さらに、支援機関との連携強化も必要です。特に無形資産評価など、専門性の高い分野については、認定事業性融資推進支援機関や外部専門家との効果的な連携体制を構築し、より高度で信頼性の高い評価を実現することが求められます。

中小企業への提言

中小企業においては、以下の戦略的アプローチが効果的です。

第一に、自社価値の客観的把握と効果的な表現力の向上です。特に無形資産については、これまで「当たり前」と考えていた自社の強みを改めて客観視し、その価値を数値や具体例で示せるよう整理することが重要です。

第二に、金融機関との戦略的対話の実現です。各事業性評価ツールを単なる提出書類としてではなく、金融機関との深い相互理解を築くためのコミュニケーションツールとして活用し、継続的な関係構築を図ることが重要です。

第三に、内外活用の両立です。ツール作成を外部対応のためだけに行うのではなく、自社の経営改善、戦略見直し、組織力強化のための内部活用も重視し、投資対効果を最大化することが求められます。

第四に、適切な支援の活用です。ツール作成や活用に困難を感じる場合は、地域の支援機関や専門家の支援を積極的に求めつつ、経営者自身が主体的に関与することで、自社の実情に即した質の高い成果物を作成することが重要です。

政策・支援機関への提言

政策当局と支援機関においては、以下の取り組みが期待されます。

まず、活用実態の継続的な調査・分析です。各事業性評価ツールの利用状況、効果、課題について詳細な実態調査を実施し、その結果に基づいた制度改善や支援策の見直しを継続的に行うことが重要です。

次に、普及啓発とガイダンスの充実です。金融機関と中小企業の双方に対して、各ツールの特徴、活用方法、成功事例などについて、より分かりやすく実践的な情報提供を行い、効果的な活用を促進することが必要です。

さらに、支援体制の強化と質的向上です。認定事業性融資推進支援機関をはじめとする支援機関が、期待される役割を効果的に果たせるよう、人材育成、サービス標準化、連携促進などの施策を推進することが重要です。

また、技術革新の積極的活用も期待されます。AI、ビッグデータなどの新技術を活用して、事業性評価の精度向上、効率化、利便性向上を図る取り組みを推進し、より実用性の高いシステムの構築を目指すべきです。

未来への展望

事業性融資推進法と企業価値担保権の導入は、日本の金融システムをより健全で持続可能なものへと変革する歴史的な機会です。この変革が成功するかどうかは、金融機関、中小企業、支援機関、政策当局のそれぞれが、従来の枠を超えた取り組みを推進し、相互に連携・協力できるかにかかっています。

事業性評価ツールは、この変革を支える重要な基盤として、今後ますます重要性を増していくでしょう。しかし、ツールそのものが目的ではありません。真の目的は、企業の事業価値を正しく理解・評価し、その価値を最大化するための効果的な支援を実現することです。

新しい時代の金融実務においては、「数字」だけでなく「物語」を、「現在」だけでなく「未来」を、「有形」だけでなく「無形」を総合的に評価し、企業と金融機関が真のパートナーシップを築いていくことが求められます。

事業性評価ツールは、この新たな関係性の構築を支援する重要な手段として、今後さらに進化・発展していくことが期待されます。関係者の皆様には、これらのツールを戦略的に活用し、日本経済の持続的成長に貢献していただきたいと思います。

最後に

本記事では、4つの主要な事業性評価ツールの特徴と活用方法について詳しく解説してきました。これらのツールは、それぞれ異なる強みと適用場面を持ちながらも、共通して企業の真の価値を理解し、伝え、活用するためのフレームワークを提供しています。

重要なのは、これらのツールを「使いこなす」ことです。単に形式的に完成させるのではなく、自社の実情に合わせて戦略的に選択・活用し、金融機関との深い対話と相互理解を実現し、最終的には企業価値の向上と持続的成長につなげることが求められます。

新しい金融制度の下では、企業の「見えない価値」がこれまで以上に重要になります。技術力、人材力、顧客関係、ブランド力、組織力といった無形資産を適切に評価し、活用することで、日本の中小企業はより大きな成長機会を獲得できるはずです。

事業性評価ツールは、その第一歩を支援する貴重な手段です。ぜひ積極的に活用し、新時代の金融実務における成功を実現していただきたいと思います。

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この記事を書いた人

西本文雄のアバター 西本文雄 管理人

長年大手電機メーカーで培った技術と市場洞察を活かし、中小企業診断士として独立後15年、経営コンサルタントとして成長戦略と課題解決を支援。しかし、事業性評価に基づく資金調達の難しさに課題を感じ、「事業性評価ツールマガジン」を構想。この情報サイトが、中小企業経営者や金融機関、支援者の皆様の未来を拓く一助となれば幸いです。

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