「経営デザインシートが対話のツールとして、また事業承継や連携促進に役立つことは理解できた。しかし、実際にこの一枚の紙が、本当に企業の未来を変えるほどの力を持っているのだろうか?」
前回の記事でシートの持つ13のメリットを解説した後、真摯な支援者の皆様からは、このような「リアルな事例」を求める声が聞こえてきそうです。
今回は、その声に力強くお応えする【実践・事例編】です。机上の理論から実践の現場へと移り、内閣府の公式サイトで公開されている活用事例をもとに、経営デザインシートがどのように企業の課題解決や成長戦略に結びついたのか、その「生きた実例」を深掘りします。
特に、多くの事業者様や支援者の皆様が関心を寄せる「補助金活用」の文脈で、このシートがどう機能したのかに焦点を当てます。
この記事を最後までお読みいただくことで、あなたは以下の強力な武器を手にすることができます。
- 支援先に対して、「例えば、〇〇さんのようなケースでは…」と、具体的な企業名を挙げてシートの活用法を提案できるようになります。
- 経営デザインシートが単なる「絵に描いた餅」ではなく、補助金採択のような具体的な成果に直結するという確信を得られます。
- 企業の置かれた状況(外部環境の変化、事業承継など)に応じて、どの事例を参考に、どのような対話を促すべきか、支援の引き出しが格段に増えます。
さあ、成功企業のリアルな足跡をたどり、あなたの支援をさらに力強く、説得力のあるものへと進化させましょう。
公式事例から学ぶ経営デザインシートのリアル
経営デザインシートの理論やメリットは分かった。では、実際に活用した企業は、どのようにして未来を切り拓いたのか。その「生きた事例」を見ていきましょう。
内閣府のウェブサイトでは、様々な企業の経営デザインシート活用事例が公開されており、これらは私たち支援者が企業の状況に応じて適切な助言を行う上で、非常に価値のある参考資料となります。
熊手蜂蜜株式会社の事例に学ぶ「環境変化への適応」
ここでは、特に中小企業を取り巻く環境変化への適応という視点から、熊手蜂蜜株式会社の事例を詳しく見ていきましょう。もしあなたの支援先が、テレビの向こう側の出来事だと思っていた国際情勢によって、突然、事業の根幹を揺るがされたら。私たち支援者は、どう寄り添い、次の一手を共に考えられるでしょうか。同社が、ウクライナ侵攻という予期せぬ外部環境の変化に直面し、経営デザインシートを通じて事業を再構築した軌跡は、そのヒントを与えてくれます。
1. マクロ環境分析(PEST分析)
予期せぬ危機に直面した時、思考は目の前の問題に集中しがちです。会議室でも当初は「港が封鎖されたらどうする(政治的要因)」「原材料費がどこまで上がるんだ(経済的要因)」といった、混乱と不安が渦巻いていたかもしれません。
しかし、経営デザインシートのフレームワークは、一度冷静に、そして網羅的に外部環境を見渡すことを促します。脅威を書き出す一方で、「社会」の欄に目を向けた時、誰かが呟いたであろう「世界中でウクライナを支援したいという声が高まっている(社会的要因)」という一言が、会議の空気を変えました。遠い国の出来事が、自社のビジネスと繋がりうる「ニーズ」という一点の光に見えた瞬間です。思考が「危機対応」から「機会探索」へと、わずかに舵を切り始めました。
2. ミクロ環境分析(ファイブフォース分析)
その「機会」の輪郭は、顧客(買い手)や取引先(売り手)といった、より身近な声によって、さらに鮮明になります。日々寄せられる「ウクライナ産のはちみつを買って応援したい」という顧客の声。そして、長年付き合いのあるウクライナの農家からの、納入遅延を詫びながらも「どうか買い取ってほしい」と訴える悲痛な連絡。
これらは単なる情報ではなく、経営陣の心を揺さぶる「生の声」です。ここで「これは、我々が応えなければならない社会的要請ではないか」という使命感が、単なるビジネスプランを超えた、強い動機として芽生えました。
3. 内部環境分析(バリューチェーン分析)
熱い使命感を胸に、すぐに行動へ――と行きたいところですが、次のステップは、自社の足元を冷静に見つめることです。「その想いを、今の我々は実現できるのか?」という厳しい問いに向き合います。
事業プロセスをシート上で一つひとつ確認していくと、ある「不都合な真実」が浮かび上がります。同社が特定したのは、購買物流(仕入)とマーケティング・販売(顧客へ届ける)の間に存在する、仕組み上のギャップでした。「小ロットで仕入れて、新しい顧客に直接届ける」という、まさに今求められている機能が、自社には全くなかったのです。この事実に、一時、会議室は沈黙したかもしれません。しかし、それは誰かを責めるためのものではなく、「ここが、今、全員で乗り越えるべき具体的な課題だ」という、組織全体の共通認識が生まれた瞬間でもありました。
4. 経営デザインシートでの「これから」の構想と移行戦略
これまでのプロセスで生まれた「機会」「使命感」「課題」というピースが、この最終ステップで一つの「未来への設計図」として組み上げられていきます。
「世の中のニーズ」と「自分たちの使命感」を両輪とし、「高度な流通・製造技術」をエンジンにして、「社内の弱点」を乗り越える。そのための具体的なアクションプランと、必要な投資額が見えてきたのです。
そして、この「なぜ、今、この投資が必要なのか」という、想いと論理に裏打ちされたストーリーこそが、補助金の申請理由そのものです。経営デザインシートを作成するプロセスは、図らずも、審査員の心を動かす、説得力に満ちた事業計画の中核をすでに作り上げていました。
この事例は、経営デザインシートが、予期せぬ外部環境の変化に対する迅速な適応と、それを実現するための戦略策定、さらには補助金という具体的な資金調達手段への橋渡しとして、いかに有効に機能するかを示しています。
多様な経営課題に対応する、その他の活用事例
熊手蜂蜜の事例は、経営デザインシートが「予期せぬ危機」にいかに有効かを示してくれました。しかし、このツールの活躍の場は、緊急時だけに留まりません。
内閣府のウェブサイトで公開されている他の事例からは、中小企業が直面する、より普遍的な経営課題に対応する上での有効性が見えてきます。ここでは、私たち支援者が日常的に出会う3つの「場面(パターン)」に分けて、そのヒントを探ります。
事例パターン1:事業再構築 ― 既存事業の変革と新たな挑戦
- 該当事例:株式会社てっぺん(事業再構築補助金活用)
- 外食産業の厳しい環境変化を受け、新たな事業展開を図るために経営デザインシートを活用し、事業再構築補助金を獲得。
- 【支援のヒント】あなたの支援先に、コロナ禍などを経て、既存事業のビジネスモデルに限界を感じている企業はありませんか? この事例は、経営デザインシートが、守りから攻めへの転換点となる「事業再構築」の構想を具体化し、その実現に必要な資金(事業再構築補助金)を得るための強力な羅針盤となることを示しています。
事例パターン2:多角化 ― 複数の事業を連携させ、未来を描く
- 該当事例:有限会社横浜国際教育学院(事業再構築&ものづくり補助金活用)
- 教育分野での多角化を目指し、複数の補助金を活用。経営デザインシートが、異なる事業の連携や将来構想を明確にする上で役立った事例。
- 【支援のヒント】複数の事業を持つ企業や、これから第二、第三の柱を育てたいと考えている支援先と対話する際に参考になります。経営デザインシートは、各事業がバラバラに動くのではなく、互いの資源をどう活用し、会社全体の「ありたい姿」にどう貢献するのか、そのシナジー効果を可視化するのに役立ちます。複数の補助金を組み合わせるような、複雑な成長戦略の説得力を高める効果も期待できます。
事例パターン3:事業承継 ― 「想い」と「戦略」を次世代へつなぐ
- 該当事例:株式会社アクトキャップ(事業承継・引継ぎ補助金活用)
- 事業承継という大きな転換点において、事業の引き継ぎと新たな成長戦略の策定に経営デザインシートが貢献。
- 【支援のヒント】事業承継は、私たち支援者が最も深く関わるべきテーマの一つです。この事例が示すように、経営デザインシートは、先代経営者の「暗黙知」や「想い」を形式知化し、後継者がそれを土台に新たな成長戦略を描くための、最高のコミュニケーションツールとなります。承継計画の策定と、それに伴う資金調達(事業承継・引継ぎ補助金)を円滑に進める上で、欠かせないプロセスと言えるでしょう。
経営者の「思考」と「組織」に起きた、リアルな変化の声
事例は、補助金採択といった具体的な「成果」を示してくれます。しかし、経営デザインシートの価値は、それだけではありません。作成プロセスを通じて、経営者や従業員の「内面」に起きる変化こそが、持続的な成長の土台となります。
実際にシートを作成・活用した企業からは、以下のような「生の声」が数多く寄せられています。これらは、私たちが支援先にシートの活用を勧める際の、何より力強い言葉となるでしょう。
1.自己認識への効果:「頭の中の霧」が晴れていく感覚
多忙な経営者は、日々多くの情報や課題に追われ、自社の姿を客観視する時間をなかなか持てません。シート作成は、強制的に思考を整理し、自社と向き合う時間を作り出します。
- 「書けない部分があり、自社が考えるべき・明確化すべき部分に、初めて気づかされた」
- → シートの「空白」が、企業の「課題」を映し出す鏡となります。これは、私たち支援者が「ここに、成長の伸びしろがありますね」と対話を始める絶好のきっかけです。
- 「これまでの事業を整理する中で、当たり前だと思っていた自社の強みを再認識できた」
- → 自分の強みは、自分では気づきにくいものです。シート作成の過程で、埋もれていた自社の「お宝」を再発見し、自信を取り戻す経営者は少なくありません。
- 「頭の中のモヤモヤを言語化することで、思考が整理され、将来像がクリアになった」
- → 私たち支援者が対話を通じて、経営者の頭の中にある断片的な想いやアイデアを、シートという形に落とし込む。この「見える化」のプロセスそのものが、漠然とした構想を、具体的な目標へと昇華させます。
2.組織変革への効果:「個人の想い」が「チームの羅針盤」になる
経営者の思考がクリアになると、その変化は組織全体へと波及していきます。
- 「関係者(社員、金融機関、協業先)と、目指すべき方向性を具体的に共有できた」
- → これこそ「対話のツール」としての真骨頂です。経営者の想いが詰まったシートは、組織の「羅聞盤」となり、社員や私たち支援者が同じゴールを目指すための一体感を生み出します。
- 「A4一枚にまとまっているので、とにかく社内外に説明しやすい」
- → このシンプルさが、このツールの強力な武器です。複雑な戦略も、一枚の「共通言語」に集約されているからこそ、誰もが理解し、記憶し、日々の業務に活かすことができるのです。
これらの声は、経営デザインシートが単なる戦略策定ツールではなく、企業の内部理解を深め、社内外の対話を促進する強力な触媒であることを、何よりも雄弁に物語っています。
まとめ:事例が示す、一枚のシートが未来を変える「力」
本記事では、内閣府の公式事例、特に熊手蜂蜜株式会社の軌跡をたどりながら、経営デザインシートが持つ「実践的な力」を検証してきました。
事例が雄弁に物語っていたのは、このシートが単なる分析ツールではない、ということです。それは、予期せぬ逆境の中で企業の「軸」を定め、関係者の「想い」を束ね、具体的な「行動」へと繋げるための、思考のOS(オペレーティング・システム)そのものでした。
私たち支援者がクライアントに提示できる最も価値あるものは、単なる情報ではなく、こうした「乗り越え方の実例」です。今回ご紹介した事例や「生の声」を武器に、「あなたの会社も、きっと未来を変えられます」という確信を持って、クライアントとの対話に臨んでいただければ幸いです。
次回予告:【補助金採択率UP】審査員に響く、経営デザインシート連携術
さて、未来を描き、その実現性を事例で確認したところで、次はいよいよ、その未来を実現するための「資金」という、最も現実的なテーマに踏み込みます。
次回の記事では、【補助金採択率を劇的に上げる、経営デザインシート連携術】と題し、なぜこのシートが審査員の評価を高めるのか、その論理的な理由を解き明かします。
補助金の公募要領のどこに、シートの内容が対応するのか。事業計画書に、シートのどの部分を、どのように転記・活用すれば説得力が増すのか。明日から使える、超具体的なノウハウをお届けします。
支援先の資金調達を成功に導きたい支援者の皆様、必見です。どうぞ、ご期待ください。