企業の「健康状態」はどのように把握していますか?
決算書や試算表は、いわば体温や血圧のようなもの。数値で見えるのでわかりやすいのですが、それだけでは見えてこない「企業の体質」や「変えようと努力する取り組み、仕組み」があるのも事実です。特に、多くの中小企業では、日々の業務に追われているため、このような事実を客観的に捉え、会社の全体像を見るという機会が少ないかもしれません。
そんな中小企業の経営者が、自社の真の姿を理解し、未来に向けた具体的な一歩を踏み出すための強力なツールが、今回ご紹介する「ローカルベンチマーク(以下、ロカベン)」です。
経済産業省が推進するこのロカベンは、単なる数字の羅列ではありません。事業内容、顧客、取引先といった非財務情報をより深く分析することで、自社の「経営状況」を多角的に可視化します。まるで企業の「健康診断書」のように、強みやそれができている原因を浮き彫りにし、事業計画の策定、さらには金融機関との円滑な対話へと繋がる道筋を示してくれるのです。
この記事では、「ローカルベンチマークとは何か?」という基本的な疑問から、その主要な構成要素、そして具体的な活用方法まで、中小企業の経営者や担当者の方々が今日から実践できる基礎知識をわかりやすく解説していきます。ロカベンを深く理解し、あなたの会社の成長と発展に役立てるための第一歩を、この記事から始めてみませんか?
こんにちは、中小企業診断士の藤原正幸です。今回、事業性評価ツールの「ローカルベンチマーク」の担当となりました。そのシリーズの最初として、皆さまにはまずは問いかけをしてみたいと思います。
あなたが支援したい会社の「本当の健康状態」を俯瞰できていますか?
あなたが支援したい企業の経営者や担当者の皆様は、自社の「健康状態」をどのように把握しているでしょうか。多くの方がまず思い浮かべるのは、毎月の試算表や年に一度の決算書かもしれません。売上、利益、資産といった数字は、客観的な数値として表れますが、過去の結果でありこれだけでは「本当の健康状態」を把握することができません。
決算書だけでは見えてこない「本質的な価値」
私たちの健康が体温や血圧だけで測れないように、企業の真の姿もまた、決算書の数字だけでは見えてこない部分が多くあります。日々の業務に追われる中で、「数字の向こう側」にある、より本質的な価値を見過ごさないようにする必要があるのです。
長年愛される製造業の工場について
例えば、長年地域で愛される製造業の工場を想像してみてください。決算書上の利益が横ばいだったとしても、その裏では熟練の職人が持つ「勘と経験」という貴重な技術が若手に継承されつつあるかもしれません。あるいは、最新の加工機では出せない、独自の風合いを生み出す古い機械が、特定の顧客から絶大な支持を得ている「稼ぐ力の源泉」である可能性もあります。これらの価値は、貸借対照表のどこにも記載されません。
街角の飲食店の店舗について
視点を変えて、街角の飲食店の店舗に目を向けてみましょう。売上データだけを見れば、ただの数字の羅列です。しかし、その数字を作っているのは、シェフの独創的な新メニュー開発への情熱であり、お客様一人ひとりの顔と好みを記憶しているホールスタッフの温かい接客であり、店全体に流れる居心地の良い「雰囲気」そのものです。これらはお店の評判を呼び、リピーターを育む、何物にも代えがたい資産と言えるでしょう。
駅前の小売業のストアについて
あるいは、駅前の小売業のストアならばどうでしょうか。POSデータ上の売れ筋商品リストも重要ですが、それ以上に価値があるのは、店主が持つ「地域のお客様が今何を求めているか」を肌で感じる嗅覚や、長年の経験に裏打ちされた「目利きの力」かもしれません。お客様との何気ない会話から仕入れのヒントを得たり、地域のイベントに協力して信頼を築いたりといった活動は、単純な販売データからは決して読み取れない、その店ならではの強みです。
社内も社外も、誰も見えていない「価値の本質」を見える化する意義
このように、決算書という「結果」だけでは見えてこない、企業の「体質」や、未来のために「変えようと努力する取り組み、仕組み」が、どの会社にも必ず存在します。しかし、多くの中小企業では、日々のオペレーションに追われ、こうした自社の無形の価値や、逆に潜在的な課題を客観的に捉え、会社の全体像として見つめ直す機会が少ないのが実情ではないでしょうか。
そんな中小企業の経営者が、自社の真の姿を深く理解し、未来に向けた具体的な一歩を踏み出すための強力なツールが、今回ご紹介する「ローカルベンチマーク(以下、ロカベン)」です。
ロカベンは、経営全体を俯瞰できる「健康診断ツール」
ロカベンとは、経済産業省が推進する、企業の経営状態を把握するためのフレームワークです。一言でいえば、これは企業の「健康診断書」を作成するためのツールと言えます。
通常の健康診断が、身長・体重・血圧といった基本的な測定から始まり、さらに詳しく血液検査やCTスキャン、医師による問診へと進んでいくように、ロカベンもまた、企業の姿を多角的に、そして深く掘り下げていきます。
【ステップ1:精密検査と問診(非財務情報)】
ロカベンにおいて重要度が高いのが、「非財務情報」です。これが、医師による丁寧な「問診」や「触診」に相当します。数字には直接現れない企業の「内面」や「生活習慣」を明らかにしていきます。
先ほどの例で言えば、
- 製造業の工場における「熟練工の技術」や「独自のノウハウ」
- 飲食店の店舗が持つ「ブランドイメージ」や「スタッフのチームワーク」
- 小売業のストアの「目利きの力」や「地域との信頼関係」
こうした情報こそが、企業の真の競争力であり、将来にわたって稼ぎ続ける力の源泉、すなわち「事業性」そのものです。ロカベンは、これらの目に見えない価値を言語化し、可視化する手助けをしてくれます。
【ステップ2:基本的な数値測定(財務情報)】
補足的にはなりますが、決算書などから得られる「財務情報」も有効です。これは企業の体温や血圧、つまり基本的な健康状態を示す客観的なデータです。売上は伸びているか(成長性)、本業でしっかり利益を出せているか(収益性)、借入金の返済能力は十分か(安全性)といった部分を数字で確認します。これは、経営者であれば既に見慣れている情報かもしれません。しかし、ロカベンの非財務的な活動が間違いないのか確認していく指針になります。
経済産業省がこのツールを推進する背景
経済産業省がこのツールを推進する背景には、企業自身が自社の価値を再認識すると同時に、金融機関などが融資判断を行う際に、決算書の数字だけでなく、こうした「事業性」を正しく評価できるようにするという狙いがあります。ロカベンは、企業と金融機関、あるいは税理士などの支援機関が、同じ目線で会社の未来について語り合うための「共通言語」の役割を果たすのです。
単なる数字の羅列を眺めるのではなく、財務と非財務の両面から自社を立体的に捉える。それによって、まるで企業の「健康診断書」のように、これまで気づかなかった自社の強みやその源泉となるものを浮き彫りにし、次の一手を考えるための道筋を示してくれる。それがロカベンの最大の提供価値です。
ロカベンが拓く、未来への「対話」の扉
では、この「健康診断書」であるロカベンを作成することで、具体的にどのようなメリットが生まれるのでしょうか。それは、自社の未来をより良くするための「対話」の始まりです。
「自分との対話」による自己認識の深化
まず生まれるのが、経営者自身や経営チーム内での「対話」です。ロカベンの非財務情報の項目を埋めていく作業は、自社に対して「私たちの本当の強みは何だろう?」「この事業の将来性は?」「後継者はどうする?」といった根源的な問いを投げかけるプロセスそのものです。
例えば、製造業の工場長が「うちは技術力が強みだ」と漠然と考えていたとします。ロカベンをきっかけに、「どの技術が、なぜ競合より優れているのか?」「その技術は、特定の職人に依存していないか?」「若手にどうやって伝えていくのか?」と深掘りして考えることで、強みがより明確になると同時に、「技術継承」という具体的な課題が浮かび上がってきます。これは、まさに自分との、そして組織との対話に他なりません。
「金融機関との対話」による信頼関係の構築
次に、ロカベンは金融機関との対話の質を劇的に変えます。資金調達の際、これまでは決算書と事業計画書を提出し、数字に基づいた説明が中心だったかもしれません。しかし、そこにロカベンが加わることで、ストーリーが生まれます。
例えば、飲食店のオーナーが改装のための融資を申し込むとします。決算書の数字だけでは、その投資の妥当性を伝えきれないかもしれません。しかしロカベンを見せながら、「当店の強みであるこの『アットホームな雰囲気』をさらに高めるため、内装をこう変えたい。それによって、常連客の満足度が上がり、客単価の上昇と新規顧客の獲得が見込める」と、非財務情報(強み)と財務情報(将来の収益)を結びつけて語ることができます。これは、単なる「お願い」ではなく、共に成長を目指すパートナーとしての「提案」となり、金融機関の理解と信頼を得やすくなるのです。
「未来との対話」による事業計画の具体化
そして最終的に、ロカベンは「未来」との対話、すなわち、実現可能な事業計画の策定へと繋がります。健康診断で「生活習慣の改善が必要」と診断されたら、日々の食事や運動計画を立てるのと同じです。
例えば、小売業のストアがロカベン分析の結果、「特定の大口顧客への売上依存度が高い」という課題に気づいたとします。それを受けて、「若者向けのSNSを活用した新規顧客層の開拓」や「オンラインストアの開設」といった、具体的なアクションプランを事業計画に盛り込むことができます。現状の客観的な分析に基づいているため、その計画は絵に描いた餅ではなく、実行可能性の高い、地に足のついたものになるのです。
まとめ:あなたの会社の成長物語を、ロカベンから始めよう
この記事では、「ローカルベンチマークとは何か?」という基本的な疑問にお答えするため、それが単なる数値分析ツールではなく、企業の非財務情報と財務情報を分析することで、自社の「稼ぐ力」を多角的に可視化する「健康診断ツール」であることをお伝えしてきました。
決算書に現れる数字の裏側にある、あなたの会社の本当の強み、守り育ててきた価値、そして未来への可能性。ロカベンは、それらに光を当て、言語化し、経営者自身が再認識するための鏡となります。そして、その鏡に映った姿をもとに、金融機関や支援機関と建設的な対話を行い、共に未来を創造していくための羅針盤となるのです。
今回の内容は、ロカベンという広大なテーマへの入り口に過ぎません。まずは「自社のことを深く知る、面白いツールがあるらしい」という興味を持っていただけたなら幸いです。
今後は、この「健康診断ツール」の具体的な中身、つまり、どのように非財務情報と向き合い、深めていくのかという疑問を解消できるように、その詳細に迫っていきます。
あなたの会社の成長と発展に役立てるための第一歩を、この記事から始めてみませんか?