「経営デザインシートの存在は知ったけれど、何から手を付けたらいいか分からない…」 そんな方もご安心ください。前回の記事で経営デザインシートの全体像と多様な様式をご紹介しましたが、今回はその中でも、最も手軽に始められる「簡易版」に焦点を当て、その具体的な書き方と記入例を徹底的に解説します。
複雑な経営戦略や事業計画を立てる前に、まずはこの簡易版を使って、貴社の未来を「見える化」する体験をしてみませんか?このシートを埋めるプロセスを通じて、今まで漠然としていた自社の強み、課題、そして未来の可能性がクリアになるはずです。中小企業の経営者の方、あるいは支援者の皆様が、この簡易版をスムーズに活用し、経営デザインの第一歩を踏み出すための具体的なガイドとして、ぜひ本記事をご活用ください。
簡易版の全体像
経営デザインシートの簡易版は、複雑な経営状況をシンプルに整理し、未来を明確に描くための羅針盤です。以下の6つの主要なボックスで構成されており、これらが有機的に連携することで、直感的に思考を整理できるのが特徴です。
ボックス1. 将来構想のキャッチフレーズ
まず、貴社の未来のありたい姿を、短く、記憶に残るフレーズで表現する場所です。これは、チーム全員が目指すべき方向性を共有するための「旗印」となり、シート全体を通じた貴社の目指すゴールを示します。
- 事例: 「地域の発酵文化を守り、食で人々の健康と笑顔を創造する企業へ!」
ボックス2. これまでどうだった? (資源、ビジネスモデル、提供価値)
次に、この「将来構想」を考える上で欠かせない、過去から現在に至る貴社の活動を棚卸しするセクションです。どのような「資源」(強みとなる内部資産、外部から調達したものなど)を活用し、どのような「ビジネスモデル」で、誰に「提供価値」を生み出してきたのかを整理します。これは、貴社の現在地を明確にするための重要なステップです。
- 事例:
- 資源: 「長年培ってきた独自の麹(こうじ)菌と発酵技術」 「ベテラン職人による手作業での丁寧な製造工程」 「地元の契約農家との強固な信頼関係」
- ビジネスモデル: 「自社工場での伝統的な製法による少量多品種生産」 「地域密着型の直売所と地元スーパーへの卸販売」 「顧客の顔が見える対面販売と口コミによる顧客獲得」
- 提供価値: 「地元の消費者や飲食店に、安心・安全で質の高い伝統発酵食品を、温かい対面サービスと共に提供」
ボックス3. 課題
ボックス2で現在地を整理した上で、これまでの事業活動を通じて明らかになった、貴社の具体的な問題点や弱みを特定するボックスです。将来の成長を阻む要因を明確にすることで、解決すべきポイントが見えてきます。
- 事例: 「若手職人の採用・育成が困難」「ECサイトの運営ノウハウ不足と販売チャネルの地域偏重」「新商品開発サイクルの長期化と市場ニーズへの対応遅れ」「原材料価格の変動リスク」
ボックス4. 外部環境
貴社を取り巻く外部の状況を分析するセクションです。事業にプラスに働く「機会」と、マイナスに働く「脅威」の両面を把握し、将来の戦略を立てる上での外部要因という視点から、貴社を客観的に捉えます。
- 事例:
- 機会: 「全国的な健康志向・自然食ブームの高まり」「発酵食品への再注目」「地方創生・地域ブランド支援施策の充実」
- 脅威: 「燃料・物流コストの継続的な高騰」「競合他社による大手ECプラットフォームへの積極的参入」「職人不足による生産体制の維持困難」
ボックス5. 20XX年にはこうしたい! (資源、ビジネスモデル、提供価値)
ボックス1の「将来構想のキャッチフレーズ」を具体化し、貴社が将来的に実現したい「ありたい姿」を具体的に描く場所です。例えば「2030年にはこうしたい!」など、目標とする年を具体的に設定して記述します。将来の貴社がどのような「資源」を持ち、どのような「ビジネスモデル」で、誰にどのような「提供価値」を生み出しているのかを構想します。これは、ボックス2の「これまで」と対比することで、目指すべき方向性をより明確にします。
- 事例:
- 資源: 「デジタルマーケティングに強いEC専門人材」「データ分析に基づいた顧客ニーズ把握ノウハウ」「AIを活用した麹菌管理システム」「大学との共同研究による新機能性素材開発技術」
- ビジネスモデル: 「全国向け自社ECサイトを通じた直接販売とパーソナライズされた商品提案」 「SNSインフルエンサーとの連携によるブランド認知向上」 「スマートファクトリー化による生産効率の最適化」
- 提供価値: 「全国の健康意識の高い顧客に、最新技術と伝統が融合した機能性発酵食品を、個別最適化された情報と共にオンラインで提供」
ボックス6. 20XX年に向けていまからどうするか
最後に、ボックス2の「これまで」という現状と、ボックス5の「これから」という未来のギャップを埋めるために、今、具体的に何をすべきかを記述するセクションです。現状の**「課題」や「外部環境」**を踏まえつつ、目標達成に向けた具体的な戦略や行動計画を明確にする、最も実践的なステップとなります。
- 事例:
- 「ECサイト構築・運営専門の外部コンサルタントを導入し、EC販売戦略を策定する」
- 「若手社員を対象としたデジタルマーケティング及びデータ分析研修を定期的に実施する」
- 「大学発ベンチャー企業と連携し、AIを活用した麹菌の最適管理システムを共同開発する」
- 「地方創生関連補助金を活用し、新機能性発酵食品の研究開発に着手する」
経営デザインシート「簡易版」を書き進める6つのステップ
経営デザインシートの簡易版は、6つのボックスを有機的に連携させることで、貴社の現状認識から未来構想、そして具体的な行動計画へと導きます。ここでは、各ステップの書き方と記入例を詳しく見ていきましょう。
ステップ1:将来構想のキャッチフレーズ
まず、貴社が目指す未来の姿を、短く、記憶に残るフレーズで表現しましょう。これは、貴社の「パーパス(存在意義)」を簡潔に示し、シート全体の方向性を決定する「旗印」となります。目標とする年(例:2030年)を設定し、「20XX年にはこうしたい!」という未来の姿を端的に表すフレーズを考えます 。
事例例:
「地域に根差した健康食品で、全ての世代の笑顔を創造する企業へ!」
整理するポイント:
- 貴社(または貴殿の支援先)が10年後、どんな企業になっていたいですか?
- その企業の姿を、誰にでも伝わるシンプルな言葉で表現すると?
- その言葉を聞いた人が「すごい!」「なるほど!」と思えるような魅力はありますか?
ステップ2:「これまでどうだった?」の記入例
次に、ステップ1で描いた未来を考える上で欠かせない、貴社の現在地を明確にします。貴社が設立されてから現在に至るまで、どのような活動を行い、どのような価値を提供してきたかを整理するセクションです 。
- 資源: 貴社の強みとなる内部資源(人材、技術、ノウハウ、設備など)や、外部から調達してきた資源(特定の仕入先、協力企業など)を具体的に記述します。これらは、貴社の競争優位性の源泉となるものです。 記入例: 「長年培ってきた独自の麹(こうじ)菌と発酵技術」 「ベテラン職人による手作業での丁寧な製造工程」 「地元の契約農家との強固な信頼関係」
- ビジネスモデル: どのような仕組みで価値を生み出してきたか、誰と組んで、どのように提供先へアクセスしてきたかを記述します。貴社の事業運営のプロセスを可視化するイメージです。 記入例: 「自社工場での伝統的な製法による少量多品種生産」 「地域密着型の直売所と地元スーパーへの卸販売」 「顧客の顔が見える対面販売と口コミによる顧客獲得」
- 提供価値: 誰に、何を、どのように提供してきたかを記述します 5。顧客が貴社から受け取った具体的なベネフィットを明確にします。 記入例: 「地元の消費者や飲食店に、安心・安全な伝統発酵食品を、温かい対面サービスと共に提供」
整理するポイント:
- 資源: 貴社(支援先)が持っている、他社にはない「強み」は何ですか? それは人、モノ、技術、情報、ブランド、ノウハウのどこにありますか? それをどうやって手に入れてきましたか?
- ビジネスモデル: 貴社(支援先)は、お客様に価値を届けるために、どんな方法や仕組みで事業を回してきましたか? 誰とどんな関係性で協力し、販売チャネルをどう構築してきましたか?
- 提供価値: これまで、お客様に「どんな良いこと」を提供してきましたか? お客様は貴社(支援先)の何に満足し、何を得てきましたか?
ステップ3:課題
ステップ2で現在地を整理した上で、これまでの事業活動を通じて明らかになった、貴社の具体的な問題点や弱みを明確にするボックスです 。将来の成長を阻む要因を特定することで、解決すべきポイントが見えてきます。
記入例: 「若手職人の採用・育成が困難」「EC販売への対応遅れと販売チャネルの地域偏重」「新商品開発サイクルの長期化と市場ニーズへの対応遅れ」「原材料価格の変動リスク」
整理するポイント:
- ステップ2で挙げた「これまで」の資源やビジネスモデル、提供価値において、足りない部分、うまくいかなかった部分は何ですか?
- 貴社(支援先)が「もっとこうなれば良いのに」と感じている、具体的な問題点や弱みは何ですか?
- それらの問題点や弱みが、事業の成長をどのように妨げていますか?
ステップ4:外部環境
貴社を取り巻く外部の状況を分析するセクションです。貴社の事業に影響を与えるプラスの要因である「機会」と、マイナスの要因である「脅威」の両面を把握します 。これにより、将来の戦略を立てる上での外部要因を客観的に捉えることができます。
記入例:
- 機会: 「全国的な健康志向・自然食ブームの高まり」「発酵食品への再注目」「地方創生・地域ブランド支援施策の充実」
- 脅威: 「燃料・物流コストの継続的な高騰」「競合他社による大手ECプラットフォームへの積極的参入」「職人不足による生産体制の維持困難」
整理するポイント:
- 機会: 貴社(支援先)の事業にとって追い風となる、社会や経済、技術、市場のトレンドは何ですか? 新しいビジネスチャンスにつながりそうな外部の変化はありますか?
- 脅威: 貴社(支援先)の事業にとって逆風となる、社会や経済、技術、市場のネガティブな変化は何ですか? 競合や新しい法規制などで懸念されることはありますか?
ステップ5:「20XX年にはこうしたい!」の記入例
ステップ1の「将来構想のキャッチフレーズ」を具体化し、貴社が将来的に実現したい「ありたい姿」を具体的に描く場所です 。例えば「2030年にはこうしたい!」など、目標とする年を具体的に設定して記述します。将来の貴社がどのような「資源」を持ち、どのような「ビジネスモデル」で、誰にどのような「提供価値」を生み出しているのかを構想します。これは、ステップ2の「これまで」と対比することで、目指すべき方向性をより明確にします。
- 資源: 将来に向けて貴社が必要となる資源を具体的に記述します 。特に、これまでは持っていなかったが、未来のために不可欠な資源を特定します。 記入例: 「ECサイト構築・運営ノウハウ」「デジタルマーケティング人材」「AIを活用した麹菌管理システム」「大学との共同研究による新機能性素材開発技術」
- ビジネスモデル: 将来、どのような仕組みで価値を生み出し、どんな相手と組んで、どのように提供先へアクセスしたいかを記述します 。新しいチャネルやパートナーシップも視野に入れます。 記入例: 「全国向け自社ECサイトを通じた直接販売とパーソナライズされた商品提案」「SNSインフルエンサーとの連携によるブランド認知向上」「スマートファクトリー化による生産効率の最適化」
- 提供価値: どんな相手に、何を、どのように提供したいかを記述します 。提供する顧客層の拡大や、製品・サービスの進化を具体的にイメージします。 記入例: 「全国の健康意識の高い顧客に、最新技術と伝統が融合した機能性発酵食品を、個別最適化された情報と共にオンラインで直接提供」
整理するポイント:
- 資源: 「20XX年にはこうしたい」を実現するために、貴社(支援先)にはどんな資源(人、モノ、技術、情報、ブランド、ノウハウ)が新しく必要になりますか? それは「これまで」の資源とどう違いますか?
- ビジネスモデル: 新しい提供価値を届けるために、どんな仕組みや方法が必要になりますか? 誰とどのように協力し、どんな販売チャネルを築きますか?
- 提供価値: 貴社(支援先)は「20XX年」に、どんなお客様に「どんな良いこと」を、どんな方法で提供したいですか? それは「これまで」の提供価値とどう進化していますか?
ステップ6:「20XX年に向けていまからどうするか」の記入例
最後に、ステップ2の「これまで」という現状と、ステップ5の「これから」という未来のギャップを埋めるために、今、具体的に何をすべきかを記述するセクションです 12。ステップ3の「課題」やステップ4の「外部環境」を踏まえつつ、目標達成に向けた具体的な戦略や行動計画を明確にする、最も実践的なステップとなります。
記入例:
「ECサイト構築・運営専門の外部コンサルタントを導入し、EC販売戦略を策定する」「若手社員を対象としたデジタルマーケティング及びデータ分析研修を定期的に実施する」「大学発ベンチャー企業と連携し、AIを活用した麹菌の最適管理システムを共同開発する」「地方創生関連補助金を活用し、新機能性発酵食品の研究開発に着手する」
整理するポイント:
- ステップ3で挙げた「課題」を解決するために、今すぐ何ができますか?
- ステップ4の「機会」を活かし、「脅威」を乗り越えるために、今すぐ何ができますか?
- ステップ5の「これから」を実現するために、具体的なアクションプランは何ですか?(誰が、何を、いつまでに、どのように)
- これらのアクションには、どんな資金、人材、外部協力が必要ですか?
まとめ:経営デザインシート「簡易版」の書き方・記入例
本記事では、経営デザインシートの簡易版の全体像と、各ステップの具体的な書き方、そして発想を広げるための「整理するポイント」を詳細に解説しました。
経営デザインシートの簡易版は、貴社の現状と未来をシンプルに整理し、具体的な行動計画へと繋げるための強力なツールです。このシートを埋める作業を通じて、漠然としていた貴社の強み、課題、そして未来の可能性が「見える化」され、より明確な経営ビジョンを描けるようになります。
まずは気軽に、そして自由に、貴社の未来を「見える化」する体験をしてみましょう。
このブログシリーズでは、経営デザインシートの活用をさらに深掘りしていきます。次回の記事では、経営デザインシート作成における最も重要な思考法の一つ、「未来から逆算して考えるバックキャスト思考」について深掘りしていきます。この思考法を理解することで、より本質的な経営デザインが可能になります。
ぜひ、次回の記事も楽しみにお待ちください!